行動心理学

幸福の方程式 H = S + C + V

「 優勝は、敗退が嫌な感じを与えるのと同じくらい良い感じを与えるわけではない。そしていい感情は悪い感情ほど長くは続かないし、それに近くもない。」

アンドレ・アガシ(出典「Open アンドレ・アガシの自叙伝」

アンドレ・アガシが自叙伝に記したのは、1992年のウィンブルドンに優勝し、グランドスラムを達成した時に感じたことです。

多くの人が目標の達成を追い求めています。
その目標の達成による幸福感が長続きしない、あるいは幸福に繋がらないのであれば、その理由は何なのでしょうか?

また、長続きしない幸福感しかもたらさないとしたら、目標を持つことにどのような意味があるのでしょうか?

その問いへの答えのひとつが幸福の方程式 H = S + C + V にありますので、興味のある人は引き続きお読みください。

目標を達成すれば幸福の水準は上がるか?成功への失望

成功の定義は目標の達成だと言いますが、欲しいものを手に入れた喜びがどのくらいの期間継続するものなのか考えたことがあるでしょうか?
あなたの経験で考えてみてください。

例えば、

・マラソンを走りきった時の喜び

・志望高の入学試験に合格した喜び

・セックスした喜び

・有名店で食事した喜び

・希望する仕事に就いた喜び

・新車を購入してそのクルマに乗る喜び

・結婚した喜び

・宝くじに当選し賞金を受け取った喜び

いかがでしょうか?目標達成の喜びが数ヶ月、何年も継続したことがあったでしょうか?

「しかし典型的には、幸福感など全く訪れない。成功が徐々に確実になってきていて、すでに予想したことを最終局面のイベントで確認するような場合、その感覚はどちらかと言うと開放感に近い。終了と解放の喜びである。このような状況で、まず初めに思うことは、「やった!素晴らしい!」であることはほとんどなく、「よかった、さて、次は何をしよう?」といったものであることが多い。」 ジョナサン・ハイト(出典:「しあわせ仮説」

アンドレ・アガシのグランドスラムの達成に限らず、多くの目標達成時に感じる気持ちは、意外かもしれませんが、このようなものではなかったでしょうか?

適応と変化の原理

「現在の自分の状態に関する判断は、自分が慣れている状態よりも良いか悪いかに基づく。適応は部分的には単なる神経細胞の性質である。神経細胞は、新しい刺激に対しては活発に反応するが、徐々に馴化し、慣れてしまった刺激に対しては、ほとんど発火しなくなる。 生命に関わる重要な情報を含んでいるのは変化であり、安定状態ではない。」

「目標を追求する際に、本当に重要であるのは、その道中であって目的地ではない。何でも望みの目標を設定してみればよい。大半の喜びは、目標へと近づく道中の一歩一歩においてもたらされるであろう。ジョナサン・ハイト(出典:「しあわせ仮説」

目標の達成は「点」であり、その確定した「点」自体にその後変化は生じません。
神経細胞は目標としていた動かない「点」に馴化して発火しなくなるのです。
一方、目標に向かっている間は様々な学習や努力によって自分自身が変化(進歩)しているので、その変化を神経細胞は感じることができるのです。

目標の再調整

すでに達成した目標に馴化すると、脳はあらたな目標を創り出します。それが、目的の再調整です。

・マラソンを走りきった時の喜び → 次のマラソン大会

・志望高の入学試験に合格した喜び → 志望大学への合格

・セックスした喜び → 異なる異性とのセックス、異なる体位でのセックス

・有名店で食事した喜び → 他の有名店での食事

・希望する仕事に就いた喜び → より高給を得られる仕事、職位

・新車を購入してそのクルマに乗る喜び → いつかはクラウン?

・結婚した喜び → 子どもへの期待

・宝くじに当選し賞金を受け取った喜び → より高額な当選金

目標の再調整は永遠に続きます。

快楽のトレッドミル


ランナーは、運動用のトレッドミルの上で、自身の能力に応じてスピードを上げることができますが、より早く走ってもランナーは物理的には相変わらずトレッドミルの上にいます。ランナーがより早く走ったとしても、トレッドミルも同じようにより早く回転するからです。

達成した目標、蓄えた富に対して人間は馴化してしまうため、さらに期待値を上げる目標の再調整を繰り返しても、幸福の水準は上がらないというわけです。

昔、「いつかはクラウン!」という自動車メーカーのTVCFがありました。
販売者はCFによって、消費者にカローラからクラウン、クラウンから○○へと、果てしなく目標の再調整をさせることを狙っています。それは、消費者が購入した車に間もなく馴化してしまうことを想定した上の戦略です。

しかし、消費者はクルマを乗り換えたところで、またぞろ新車に馴化してしまい、新たなクルマが欲しくなるのです。

それはトレッドミルに乗っているというよりは、回り車の中のネズミのようだと表現する方がピッタリかもしれません。

幸福の方程式 H = S + C + V

この方程式は幸福の方程式といわれています。
この方程式の意味を理解すると、今後の人生における選択の基準が変わります。

1990年代に、遺伝子が幸福感に大きな影響を持っていることがあきらかになりました。これは衝撃的な発見でした。

100%の遺伝子を共有する一卵性双生児の研究によるものです。これによって、従来の「幸福論」は大きな修正を余儀なくされました。

これを受けて、マーチン・ セリグマンはソニア・リュボミルスキー、ケン・シェルドン、デビッド・シュケードらと遺伝子(内的要因)以外の幸福に影響する外的な要因について研究を始め、その研究結果としてまとめられたのがこの幸福の方程式です。

幸福の方程式の3要素

実際に経験する幸福の水準は、この3点で決定されます。

🔹 Set Range(遺伝により予め設定された幸福度)
遺伝的に設定された値は全体の50%と非常に大きいことに驚かされますが、幸福である両親から生まれた子が幸せになりやすいであろうことは、一卵性双生児の研究を見るまでもなく、納得感があります。この基準値を私たちは一切変更することができません。

外的要因を研究した結果、外的な要因はC(生活条件)とV(自発的活動)の2つであることがわかりました。

🔹 Circumstances(生活条件)
生活条件の値には変更することができる要素とできない要素があります。
人種や性別などは変えることはできませんが、その他の財産、結婚、住まい等は変えることが可能です。しかし、そのウエイトは私たちが考えているよりもはるかに小さく、わずか10%でしかないのです。

その理由は、ネズミの回しクルマをメタファーに前述しましたが、生活条件は少なくとも自分の人生のある期間において一定であるので、それらに適応してしまい、神経細胞が発火しなくなるからです。

🔹 Factors under Voluntary Control(自発的活動)
一方、V(自発的活動)の40%はその名称の通り、新たなスキルの学習、休暇を取るなど、私たちが進んで選択するもののことです。その大半は自身の努力や関心を持って行うものであるため、自発的活動は適応の影響を受けずに、幸福の増加に確実に繋がると考えられています。

V:自発的活動の対象となる快楽と充足

快楽とは、食物やセックス、背中のマッサージ、涼しいそよ風のように、はっきりとした感覚的要素と強い情動的要素を伴う喜びですが、その効果は長くは続きません。そして、それらによって、人間として賢くも強くもならない。成長することはありません。

しかし、快楽も楽しんだ方が人生を味わえますから、快楽を味わうには次の2点に留意しましょう。

①快楽を維持するためには、間隔を開けることが重要
ex.毎日フランス料理のフルコースを食べる

②快楽は満喫しつつ、その内容を変化させる必要がある
ex.食事も同じものを大量に急いでではなく、様々なものをバランス良くゆっくり食べる

充足とは完全に没頭し、自分の強みが生かされ、我を忘れさせてくれるような活動。充足は多くの場合、何かを達成したり、学んだり改善したときにもたらされます。

ミハイ・チクセントミハイはこれを「フロー状態」と名付けました。

→ 充足は私たちによる多くのものを求める。
→ 私たちに試練を課して能力を伸ばすことを求める。

自発的活動は、主として快楽と充足の両方を増加させるよう1日を過ごせるように調整します。

幸福の水準を上げる、もしくは下げないために

幸福の方程式から、学ぶことができる私たちの行動をどのようなものでしょうか?
3つの変数の性格は以下の通りでした。

S(遺伝により予め設定された幸福度) ← 変更しようがない

C(生活条件) ← 普段から追求している割には影響度が低い

V(自発的活動) ← ウエイトがCに比べて高く、変えることができる

幸福の水準を上げたいと思うのであれば、
CよりもVに資源を使うべきであり、
Vのなかでも、快楽よりも充足できるコトに注力する

ではVの中で充足することができることとは何なのか?ここが問題です

V(自発的活動)とはどのような活動か?

自発的に行いたいことを自分が知らなければ、あるいは創らなければ幸福度の水準を上げることはできません。
次のような条件を挙げることができるでしょう。

・ 自分の強みを活かす
・ 少し高く明確な目標:自分に試練を課す。
・ 成長が必要:能力を伸ばすことを求められる
・ 目に見える成果:何かを達成したり、学んだり改善したりする

シニアのV(自発的活動)

定年を迎え、退職金をもらってやることは何でしょうか?
別荘を購入する、クルマを買い換える、海外旅行をする?

気持ちはよくわかりますが、それはC(生活条件)に対する投資(時間+お金)ですよね?残念ながら、それらは投資の割には期待したほどあなたと家族の幸福の水準を上げないでしょう。

遺された時間に投資をするのであれば、V(自発的活動)です。V(自発的活動)にも快楽と充足があると書きましたが、そのふたつのバランスを取ってみたらいかがでしょうか。

V(自発的活動)は人間ならではの生き様です。

また、何ごとも期限がなければのんびり構えていてかまわないのですが、人生の砂時計はいつ砂が落ちて来なくなるのかわかりません。

いつの間にか、回し車に乗ってるネズミのようにならないようにご注意を!
せっかく人間として生を受けたのですから、充分に「人」生を味わいましょう。

V(自発的活動)を見つけるHappy Ending カード

自発的と言っても自分のことは自分ではわかりにくいものです。知らないコト、無意識下にあるV(自発的活動)の種をHappy Ending カードが提供します。

興味のある人はプレイをしてみてください。
☞ Happy Ending カード

要約すると 人生を充分に味わうための H = S + C + V

1.幸福は結果ではなく、それを追求する経過(間)にある

2.自分にとってのV(自発的活動)を見つけて、持てる資源を集中する

3.V(自発的活動)の中でも充足できるコトに注力する