行動心理学

JAL123便事故から41年 ─ 人生の砂時計を見つめる

1985年8月12日、日本航空123便は群馬県上野村の山中に墜落し、520名の尊い命が失われました。事故から41年。亡くなられた方々のご冥福を、心よりお祈りいたします。また、今も悲しみを抱えておられるご遺族の皆さまに、改めてお悔やみ申し上げます。

この事故について考えるとき、私たちは「人生の残り時間は誰にも見えない」という事実に向き合うことになります。

「人生の砂時計」に残された砂は、あとどれくらい残っているだろうか?

1985年8月12日、日本航空123便の墜落事故は、520名の命を一瞬で奪いました。
誰も予想していなかった、突然の最期。

この記事では、この出来事を背景に、「限られた時間で何を選び、何を残すか」というテーマをお届けします。

1985年8月12日月曜日、私は上司を助手席に乗せて、社有車で国道20号線の日野橋を渡ろうとしていました。その時、つけていたラジオから日本航空のジャンボジェットがレーダーから消えたというニュースが流れたのです。
上司が言った「大変だ!」が忘れられません……

1985年8月12日月曜日のまだ明るい夏の夕刻でした……

JAL123便の墜落から40年の年月が経過していますが、毎年8月12日になると、この事故と御巣鷹山への慰霊登山のニュースが新聞、TV等のマスメディアで取り上げられます。それらを見て何を感じますか?

もし、あなたがJAL123便に乗っていたら?
あるいは、あなたの大事な家族が乗っていたら……

でも、問題はこれからです。
もし、今後、あなた、もしくは家族が乗る飛行機が墜落したら?
原因が飛行機でなくても、突然人生の砂時計から砂が落ちなくなってしまったら?

JAL123便の墜落

JAL123便は羽田空港を18:12に離陸し、12分後の18:24に伊豆半島東海岸上空で圧力隔壁が損壊した結果、垂直尾翼が欠落してしまったとされています。

その結果、機体をコントロールすることができなくなったジャンボジェットはダッチロールをしながら焼津、大月上空を経て18:58に群馬県の御巣鷹の尾根(標高1,565m)に墜落しました。

離陸後わずか46分の出来事でした……

乗員乗客の生死と家族

乗員乗客524名のうち死亡は520名であり、生存者は最後尾に乗っていたわずか4名。
乗客の関係世帯は401世帯(夫254名、妻58名)、遺族は891名にのぼりました。

遺された家族にとっても次の通り悲惨な事故でした。

・一家全員死亡     :22世帯
・母子家庭となった世帯 :189世帯
・妻だけとなった世帯  :37世帯
・子供だけとなった世帯 :7世帯

(引用 「墜落の夏ー日航123便事故全記録 (吉岡忍著)」)

 

「本当に今までは幸せだったと感謝している」機上で綴られた遺書

数通公開されている機内で書かれた遺書から……

「 パパは本当に残念だ きっと助かるまい……きのうみんなと食事したのは最後だったとは……本当に今までは幸せだった と感謝している」

もし、あなたがJAL123便に乗っていて、手元に書くものがあったとしたら……
誰に何を書き残すでしょうか?

 

人生の砂時計

 

 

人生の砂時計の仕組み

砂時計は上の動画のように透明なガラスでできています。

3分計、5分計、10分計と図る時間は様々ですが、砂が上から下に落ち切った時が、3分、5分、10分の経過を示めすのです。

その仕組みが機能するためには、時計の上部に残された砂の量が見えなければなりません。そのため、砂時計が英語で”hourglass” と言われるように、ガラス、プラスチックなど透明な素材で創られています。

 それに対して、「人生の砂時計」は少し違います。あなたの「人生の砂時計」にあとどのくらい砂が残っているかが見えますか?

 

「人生の砂時計」の上部に残された砂は余命、人生の残り時間を現しています。

しかし、上の動画のように、誰にも人生の砂時計の上の部分にある砂(余命)は見えないはずです。見えないということは、余命を予期することが難しく、突然砂が落ちて来ない状態になることを意味します。

仮に60歳であれば、下の部分に60年分の砂が落ちているのがわかります。そして、まだ砂が落ち続けているので、生きているわけですが、あとどれだけ砂(余命)が残っているかを知るよしもありません。

システム1(直感)とシステム2(意識)

私たちは、生まれた以上、いつか死ぬことを知っています。それにもかかわらず、なぜ「自分は、しばらく死なない」と根拠なく思えるのでしょうか。

そこには、人間の心の仕組みが関係しています。
人間には、目の前の状況へ素早く反応する「システム1(直感)」と、物事を意識的、論理的に考える「システム2(意識)」という、二つの思考のプロセスがあります。

システム1(直感)は、過去の経験とDNAからくる本能をもとに判断します。私たちには、今日まで生きてきた経験しかありません。昨日も生きていた。今朝も目を覚ました。そして今も、人生の砂時計の砂は落ち続けています。

自分が死んだ経験は一度もありません。そのためシステム1(直感)は、過去から現在まで続いてきた「生きている」という状態を、そのまま未来へ延長します。

! 今日まで生きてきた。
➡️ 今も生きている。
➡️ だから、明日もおそらく生きている。

システム1(直感)は、目の前に具体的な危険がない限り、自分が間もなく死ぬとは感じないのです。

これに対して、システム2(意識)は、まだ経験していない死について考えることができます。

! 人間はいつか死ぬ。
➡️ 私も人間である。
➡️したがって、私もいつか死ぬ。

このように、システム2(意識)は言葉と論理によって、自分の死を理解できます。しかし、死を理解することと、死を実感しながら暮らすことは別です。

自分の死を意識し続けることは、心に大きな不安を生じさせます。

朝起きるたびに「今日死ぬかもしれない」と考え、家を出るたびに事故を想像し、大切な人と別れるたびに「これが最後かもしれない」と思っていたら、穏やかな日常生活を送ることは難しくなります。

システム2(意識)が死を理解しても、その理解が常に意識の中心に置かれるわけではありません。目の前に危険がなければ、システム1(直感)に近い自動的な防衛機能と、これまで生き続けてきた経験が、死を再び意識の背景へ遠ざけます。

そして、日常の判断は、主として「これまで生きてきたのだから、明日も生きているだろう」と感じるシステム1(直感)に委ねられます。日常生活の大部分をシステム1(直感)に導かれて生きているため、死を知りながら、まるでしばらく死なないかのように暮らすことができるのです。

言い換えれば、「人はいつか死ぬ」と理解している自分と、「私は明日も生きている」と感じている自分が、心の中に同時に存在しています。私たちは、生きることにあまりにも慣れてしまったため、死を忘れて生きていると言えます。

しかし、タイミングはわからないものの、死(余命)を考えることができるのは意識を持つ人間だけなのです。

人生においてやりたいことがある人、ない人

残された人生において明確にやりたいことがある人と、取り立てて目的を持たずに生きている人がいるとします。人生の砂時計を意識しておかないと、どのようなリスクがあるでしょうか?

🔹 残された人生において、やりたいことがある人

人生の砂時計には限られた砂しか入っていません。やりたいことがたくさんある場合には、優先順位をつけて取り組む必要があります。なぜならば、時間切れになるかもしれないからです。

優先順位とは着手の順番です。

 

 

 

🔹 残された人生において、取り立ててやりたいことがない人

やりたいことが取り立ててない人にとって、人生の砂時計の砂(余命)はどうでもよいことでしょうか?

ストラルドブラグ的にいくらでも時間があると思えば、やりたいことを考えていなかったかもしれません。しかし、自分がストラルドブラグではなく、余命が宣告されると、映画「最高の人生の過ごし方」のようにやりたいことが出てくる場合が多いようです。この映画では医師から余命半年と宣言されてはじめて人生の砂時計に残された砂(余命)がわかったのです。余命宣告を受けると時間に希少価値が生まれ、その反動でやりたいことが浮かんできます。

今は取り立ててやりたいことはないと言う人も、余命宣告を受けてやりたいことができる可能性があります。その後はやりたいことがあった人と同じポジションに立つことになります。

JAL123便の乗客・乗員は、羽田空港を飛び立って自分の余命を悟ることになります。残された余命はごくわずかなものでした。時間の希少性は価値を高めます。遺書を書き、遺すことができた人はわずかです。手元に紙とペンを持っていなかった人は、書きたくても書けなかったのです。

コントロールすることができるものをコントロールする

JAL123便の乗客・乗員に人生の砂時計に残された砂(余命)をコントロールする力はありません。JAL123便の乗客・乗員のみならず、人間は自分の余命をコントロールすることはできないのです。

地震で建物の倒壊で、急性心筋梗塞で、海水浴で死ぬ。認知症になる等々自分でコントロールできないことは山ほどあります。

では、何ができるのか?

人間がコントロールすることができるのは、今のうちにやりたいことを決め、優先順位を決めて実行することです。時間が足りなくなることを前提にやりたいことを自分でコントロールするのです。

それは、人生の砂時計の上部に残されている砂(余命)を意識してこそできることです。無限の時間があるストラルドブラグに優先順位をつける必要はありません。

多くの人が抱えるリスクは①自分の人生への関心(興味)の不足②時間の不足です。

なぜ、このふたつがリスクであるかと言うと、時間の不足に気づいてから自分と家族の人生への関心(興味)が生じても間に合わないからです。

このふたつが不足する原因は、ストラルドブラグ的な生き方であり、生きることに慣れてしまった結果です。

今後の人生を考えてみる

人生の砂時計の上部を見ることはできません。
しかし、砂が落ちている今を何に使うかは、考えることができます。

よければ、次の三つの問いをノートに書いてみてください。

1️⃣ 生きている間に、やりたいことは何か

2️⃣ それをやりたいのは、なぜか

3️⃣ そのために、この1か月でできる小さな一歩は何か

一人では考えがまとまらない方、これからの人生を一度きちんと見つめ直したい方は、LIFEデザインワークで一緒に考えてみませんか。LIFEデザインカードが今後の人生のデザインをお手伝いします。