行動心理学

第5章 基準点 ー 反実思考(if〜then……)のトリガー

なぜ後悔をするのかを理解しなければ、後悔を理解して将来へのバネとして使いこなすことはできません。
後悔の起点としての基準点(Reference Point)は後悔を使いこなすためのキーとなります。「シリーズ 予期的後悔」の第5章はその基準点を取り上げます。

1. 後悔の正体は「結果」ではなく「選択」への感情である

後悔したというと、私たちは失敗した結果を後悔していると思いがちです。

たとえば、

・病気になって後悔した
・離婚して後悔した
・仕事に失敗して後悔した

しかし、それは誤解です。
後悔の対象は 結果そのものではありません。後悔が向けられているのは、その結果を招いた自分の選択です。

たとえば、
・病気になった結果ではなく、“検診に行かなかった選択”への後悔
・離婚した結果ではなく、“対話しなかった選択”への後悔
・仕事が失敗した結果ではなく、“準備不足という選択”への後悔

後悔とは、過去にした自分の選択に対する評価から生じる感情です。
そして選択を評価するためには、目の前に生じた現実と比較するなんらかの対象が必要になります。
この目の前に生じた現実を比較する対象こそが、本章の中心テーマである 基準点(Reference Point です。

2.基準点は、後悔を生むギャップ(差)の起点である

後悔は基準点(本来こうあるべきだったという理想) と現実(いまの自分) のギャップ(差) に気づいたときに生まれます。

ギャップ = 基準点 - 目の前に生じた現実

ここで重要なのは、ギャップの起点は目の前に生じた現実ではなく、基準点側にあるということです。評価は比較の結果です。

たとえば、
・元気に健康にあるべきなのに病気になった
・いつまでも幸せな夫婦でありたかったのに離婚した
・会社で出世するはずだったが、リストラされた

基準点があるから現実との差が生まれ、その差(ギャップ)が後悔になる。
逆に言えば、基準点がなければ後悔は生まれません。

後悔が生じない場合
🔹基準点がない場合
🔹基準点が目の前に生じた現実と同等あるいは、低い場合

3. 基準点には「意識的」と「無意識的」の2種類がある

基準点には、次の2タイプがあります。

1️⃣ 意識的な基準点:自分で日頃から意識している価値観や理想
・健康に気をつける
・家族を大切にする
・老後資金は準備しておくべき
・普段から勉強する

これは言語化された基準点であり、現実との差が明確になるため、ギャップがはっきりして後悔が大きくなります。

2️⃣ 無意識の基準点:本人は意識していないが、心の中に埋め込まれている期待値です。
・自分はもう少しやれるはず
・家族はこうあるべき
・人生はこれくらいでうまくいくはず

無意識の基準点は、普段は表に出ません。
しかし、現実の出来事がこの無意識の“当たり前”を刺激したとき、ぼんやりした「モヤモヤ」や「違和感」として現れます。
これは弱い形の後悔です。

4. 基準点には“強い/弱い”があり、後悔の強度を左右する

基準点の強さは後悔の強さを決定します。
🔹 強い基準点
→ 現実との差が大きく見える
☞ ギャップが大きく、後悔も強烈

🔹 弱い基準点
→ ギャップが小さい
☞  後悔は「なんとなくの違和感」程度

🔹 基準点が設定されていない
→ ギャップが発生しない
☞ 後悔も生まれない

基準点をどう設定しているかが、後悔の質と量を決めるのです。

5. 基準点が後悔において果たす3つの役割

基準点は後悔を理解する上で、3つの決定的役割を担っています。

1️⃣ ギャップ(差)を生む起点
基準点があるから、現実との差が生まれる。

2️⃣  選択を評価する基準
「より良い選択があった」という価値判断を可能にする。後悔の対象が選択になるのはこのためです。

3️⃣ 反実思考(if~then……)を起動するトリガー
基準点があると、自然に「もしあの時こうしていれば(if~then……)」という別の未来が思い浮かびます。
これが後悔のバネとなって感情を強めます。

6. 【まとめ】後悔が生じる構造

後悔は基準点(理想)と現実のギャップ(差)に気づいたときに生まれる!

後悔は過去にした自分の選択に対する感情である。

この ギャップ=基準点 ー 現実という構造を理解すると、

✅ なぜ後悔が生まれたり、生まれなかったりするのか

✅ なぜ後悔が人を成長させるのか

✅ なぜ未来の後悔は予防できるのか

を理解することができるようになります。
次回はこの流れから自然に、「では、なぜ多くの人は後悔を経験しないのか?」
という意外な問いを掘り下げていきます。

「第6章 予期的後悔 ー 理論編 ー システム1とシステム2の協働」へつづく