行動心理学

水害から学ぶリスクポリシー

水害に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。
水害をひとつのケースとしてリスクポリシーを紹介させていただきます。

「なぜ、もっと早く避難しなかったのだろう」

気の毒だと思いながら、
水害で被災した様子をニュースで見て、思ったことはありませんか。

🔹 警報も出ていた。
🔹 避難も呼びかけられていた。
⁇ それでも、自宅にとどまり、命を落とした人がいる。

日本は地震をはじめとして災害の多い国です。
災害に見舞われたとしても、命さえ助かれば、建物や家財はまた復旧することが可能です。

これは人ごとではありません。
この記事は、誰にでも起こりうることとして、水害で被災した人たちの経験を水害以外にも活かすために書いています。

同じ状況になったとき、自分なら適切に判断し、行動するが自信がありますか?

✅ 避難場所は決まっていますか?
✅ 避難場所までの経路を確認していますか?
✅ 夜間や停電時にも動けますか?
✅ 一人では避難できない親がいる場合、誰が支援することになっていますか?

「リスクを知っている」と「リスクに対処できる」は、大違いです。水害はひとつの例に過ぎません。

リスクポリシーはあらゆるリスクに対して有効です。
リスクポリシーが必要となるのは、平常時ではなく緊急時であり、精神的にも肉体的にも追い詰められている時こそ力を発揮します。

そこで、
「まだ大丈夫?」を「もう、決めた!」へ変えるためのリスクポリシーを水害を題材に考えてみましょう。

1.警報が出ていたにもかかわらず、多くの人が亡くなっている事実

2018年の西日本豪雨(平成30年7月豪雨)は、死者237人、行方不明者8人、住家全壊6,767棟という大きな被害をもたらしました。(内閣府被害報告)

倉敷市真備町では、約4,600棟が全壊し、51人が亡くなりました。浸水想定区域と実際の浸水範囲は、ほぼ一致していたとされています。国土交通省資料

真備町の直接死51人のうち、44人が自宅で亡くなっています。岡山県検証資料

避難を促す情報がなかったわけではありません。
7月6日
22時には真備地区全域に避難勧告
22時40分には大雨特別警報
が出ていました。

しかし、避難を決断できず、逃げ遅れた人もいたと報告されています。国土交通省の聞き取り資料

もちろん、自宅で亡くなった方全員が、警報を理解し、避難できたのに見送ったとわかっているわけではありません。個別の事情もあったことでしょう。
しかし、真備町は歴史的にも度々水害に襲われてきた地域だったのです。

だから、度重なる水害は私たちに素朴な問いを投げかけます。
なぜ、大雨が降り、警告を受けながら、避難をしなかったのか?

2.「自分は大丈夫」が、警報と行動の間に入る

西日本豪雨に関する調査では、洪水の可能性がある低地に住み、自宅外へ避難しなかった395人のうち、162人、約41%が、避難しない判断の決め手として「自宅は洪水や土砂災害の危険性は低いと思っていたから」を選んでいます。内閣府資料・資料内5ページ

別の災害でも、情報と行動の隔たりが確認できます。
2019年の台風19号では、海老名市は相模川の浸水想定区域の住民に避難指示を発令しました。その区域の住民を無作為抽出した調査では、回答者1,011人のうち、避難した人は約35%でした。

客観的には大丈夫ではない状態にあるにもかかわらず、何が「自分は大丈夫」だと思わせるのでしょうか?

3.「まだ大丈夫!?」をつくる心理的バイアス

真備町と海老名市のデータによって、人は警報が出たからと言って、必ずしも避難するとは限らない事実がわかりました。
危険に関する情報を、過去の経験や周囲の様子、避難にともなう手間と苦痛等を勘案して判断するからです。

「今まで洪水は一度もなかったから大丈夫だろう……」
「町から避難指示がないから、まだ大丈夫だろう……」
「雨が強いから、止んでから避難しよう……」

👉 その判断を理解する手がかりが、次の6つの心理的バイアスや傾向です。

① 正常性バイアス―「これまでも大丈夫だった」

異常な状況であるにもかかわらず、これまでの日常の延長として捉え、危険を過小評価することがあります。以前の大雨で被害がなかった経験から、今回も大丈夫だと考える。しかし、過去に無事だったことは、今回の安全を保証しません。

👉 過去の経験だけに頼らず、どんな条件になったら行動するかを考えておく必要があります。

② 楽観性バイアス―「被害は出ても、自分は大丈夫」

災害の危険性を認めていても、自分が被害に遭う可能性は低いと見積もることがあります。

「水害は怖い」と思うことと、「自宅にも水が来るかもしれない」と考えることは同じではありません。

👉 一般的な危険の知識を、自分の住まいや家族の状況に当てはめることが必要です。

③ 確証バイアス――「雨が弱まった。やはり安全だ」

自分の考えに合う都合のよい情報を重く見て、反する情報を軽く扱うことがあります。

「自宅は安全だ」と思っていると、雨が弱まったことには注目しても、上流の雨量や河川の水位など、危険を示す情報を十分に考慮しない場合があります。

雨が弱まったと気づくこと自体が、バイアスなのではありません。安心できる情報だけで判断を固めてしまうことが問題です。

👉 何を判断材料にするかを、安心したい気持ちに左右される前に決めておくことが大切です。

④ 同調・社会的証明――「近所も避難していない」

判断に迷うと、周囲の人の行動を手がかりにすることがあります。

しかし、近所の人も「誰も動いていないから大丈夫」と考えていたら、互いの不作為が安心の根拠になってしまいます。住宅の条件や、避難に必要な時間も、人によって異なります。

👉 周囲が動くかどうかとは別に、自分と家族が行動する条件を持つ必要があります。

⑤ 現在バイアス・現状維持バイアス――「準備は必要だが、今日は忙しい」

将来の被害より、今すぐ発生する手間や費用を重く感じたり、生活や予定を変えることを避けたりすることがあります。

避難先を調べる。持ち出し品を用意する。家族と話し合う。必要性を理解していても、「また今度」が重なれば、準備は進みません。

👉 準備する内容だけでなく、いつ、誰が取り組むかまで具体化する必要があります。

⑥ 情報回避・ダチョウスタイル――「怖いことは考えたくない」

災害や将来の衰えを考えると、不安になります。その不安を避けるため、情報を見ない、確認しない、話し合わないという選択をすることがあります。

これが、いわゆるダチョウスタイルです。考えなければ当面の気持ちは落ち着いても、危険そのものがなくなるわけではありません。

不安な問題に向き合う機会を、時間に余裕のあるうちにつくることが必要です。

これらは、人の判断を理解するための枠組みです。避難しなかった人や準備していない人のすべてを、心理的バイアスだけで説明することはできません。費用、身体の状態、支援の不足なども関係します。

👉 こうした傾向を知っておくと、自分の判断も偏り得ると認め、その偏りを補うことができます。

 

4.必要になってから、ちゃんと考えられるでしょうか

では、平時に準備していなくても、危機が迫れば十分に考えて行動できるのでしょうか。

激しい雨が続き、警報が鳴り、家族から連絡が入る。道路の状況も変わっていく。その中で、避難先を調べ、経路を比較し、持ち出すものを選び、家族の移動方法を決めるのは容易ではありません。

危機が差し迫っている際には、判断しなければならないことが増えます。その一方で、恐怖や焦り、時間の制約によって、情報を整理し、選択肢を比較することが難しくなる場合があります。急性ストレスの研究でも、情報を一時的に保持して考える働きや、状況に応じて考え方を切り替える働きが低下し得ることが示されています。

急性ストレスと認知機能に関するメタ分析

平時には、考えることを先送りしてしまう。危機時には、考える余裕を失ってしまう。この二つが重なると、「必要になったら考える」では間に合わない可能性があります。
そこで、まだ時間と選択肢がある今、水害への備えを8ステップでちゃんと考えてみましょう。

5.水害への備えを、ちゃんと考える8ステップ

LIFEデザインワークにおける「ちゃんと考えるための8ステップ」を使って、水害を題材に、自分の備えをちゃんと考えてみましょう。

Step-1 フレーミング ー 水害というフレームで、自分の暮らしを見る

まず、普段は考えていない「水害への備え」というフレームで、自分の住まいや家族の状況を捉えます。「防災は大切だ」という一般論から、「この家で暮らす自分と家族の問題」へ意識を集中します。

🔔 フレーミングすることで、なんとなく半端にではなく、ちゃんと考えるスタンスが生まれます。

Step-2 基準点(あるべき状態)と現状のギャップを確認する

あるべき姿である基準点は、「危険が迫ったとき、自分と家族の安全を確保できる状態」です。
次の項目に「はい・いいえ・分からない」で答えてください。「はい」は、具体的に説明できる、実物を確認できる、または関係する相手に確認できている場合です。

確認項目はいいいえ分からない
ハザードマップで、自宅に想定される浸水の深さや危険を確認している□□□
自宅で安全を確保できる条件と、自宅外への避難が必要な条件を確認している□□□
安全性を確認した避難先が具体的に決まっている□□□
避難経路と、途中で危険になり得る場所を確認している□□□
家族の身体状況を踏まえ、移動手段と所要時間を確認している□□□
予定した避難先や経路が使えない場合の代替案がある□□□
警報や自治体の避難情報を受け取る手段を決めている□□□
どの情報や状況を受けたら行動を始めるか決めている□□□
持ち出し品を準備し、すぐ取り出せる場所に置いている□□□
懐中電灯や予備電源などを準備し、使用できるか点検している□□□
薬や医療・介護用品など、家族に必要なものを確認している□□□
単独避難が難しい家族について、支援者と手助けの内容を相談している□□□
家族との連絡方法と、連絡が取れない場合の確認方法を決めている□□□
決めた内容を家族や支援者と共有し、対応できるか確認している□□□
準備や連絡先を、いつ見直すか決めている□□□

家族構成などにより該当しない項目は「対象外」としてください。地域のハザードマップや自治体の案内と照らして確認します。

🔔 あるべき「基準点」と「現状」とのギャップが見える化できたでしょうか。

Step-3 反実仮想ー何もしない未来を具体的に想像する

あるべき姿「基準点」と「現状」とのギャップを解消する手を打たないままに、水害が起きた場面を、あたかも今起こったかのごとく想像してみてください。そして、自分と家族がどのような状態にあることになるのかを。

・夜間に停電したら……

・道路が冠水したら……

・家が浸水したら……

・家族が別の場所にいたら……

・別居している親から「一人では動けない」と連絡が来たら……

想像する必要があるのは、直後の状態だけではありません。

✅ 避難所における生活

✅ その後の家の片付け

✅ 家の修理、建て替え

✅ 仕事や修学への影響

✅ その後の生活費etc.

🔔 具体的に想像すると、そのような状態にはなりたくないという感情が動きます。

Step-4 因果関係 ー 自分がギャップを放置している原因を考える

🔹 自宅は大丈夫だと思っていたのか
🔹 何を根拠に大丈夫だと思っているのか
🔹 調べようと思いながら先送りしていたのか
🔹 何をすればよいか分からないのか
🔹 相談しても支援を確保できなかったのか

原因によって、必要な対応は異なります。
思い込みには情報の確認が、先送りには期限が、方法が分からない場合には相談が、支援不足には支援体制の調整が必要です。

🔔 WHYを繰り返して、真の原因を見つけることが解決への入口です。

Step-5 解決策を考える

水害が発生した場合に命を守るための解決策を考えてください。ギャップを埋めるための解決策として何が考えられるでしょうか?

🔔 原因がわかれば、解決策はみつかります。ただし、解決策はひとつではありません。

Step-6 予期的後悔リテラシー ー 将来の自分が後悔するかを予期する

この対策を実行しなかった場合、将来の自分は、今の自分の判断をどう評価するでしょうか。「確認しておけばよかった」「親と話しておけばよかった」と思うでしょうか。
反対に、備えたものの何も起こらなかった場合、その時間や費用をどう受け止めるでしょうか。

🔔 今の自分の利害だけで判断するのではなく、その結果としての将来の自分と相談するのが、予期的後悔リテラシーです。

Step-7 コスト・手間

考えた解決策の実行に必要なコスト、かかる手間、時間を計算して実行可能性を検証します。

🔔 コスト・手間は、解決策に必要な要素を具体的にブレイクダウンしなければわかりません。専門家への相談はコストはかかりますが、時間と手間の節約につながり、間に合わせることができる有力な手段です。

Step-8 選択

ここまでの検討を踏まえて、実行するかどうかを判断します。実行するなら、いつ、誰が、何から始めるかを決めます。情報が足りなければ確認事項を、見送る場合は再検討する条件を残します。

🔔 先送り ー また、あとで考えよう、あとでやろう、はやらないことを選択したのと同じです。なぜならば、後があるかどうかがわからないからです。

6.解決策としてのリスクポリシー

水害が生じたときに命を守るためのリスクポリシーを解決策とします。
警報が出ているにもかかわらず、多くの人が西日本豪雨では命を失っています。

ここまでの検討から、備えを考えるうえで重要な二つの課題が見えてきました。
1️⃣ 平常時でも様々なバイアスが水害発生時への備えを妨げます。

2️⃣ いざ、水害が発生した際には、冷静に取るべき行動を選択するのが困難です。

リスクポリシーとは

リスクポリシーとは、将来起こり得る危険や不利益に対して、何を守り、どのリスクをどこまで受け入れ、どのような条件で何をするかを、あらかじめ定めた判断と行動の方針です。

あらかじめ、非常時に対して、平時にちゃんと考えた判断基準を持つことで、危機時の不安や焦り、その場の『まだ大丈夫』という感覚だけに行動を委ねずにすみます。 それが、リスクポリシーを用意する意味です。

リスクポリシーが果たす4つの機能

第一に、判断の基準をつくります。

「雨が弱まったから大丈夫」「近所も動いていない」といった、その場の印象だけで判断しないためです。事前に確認した客観的な危険性と具体的な行動条件に照らして、対応を決めやすくします。

第二に、判断と行動の遅れを減らします。

避難のたびに「本当に行くべきか」「どこへ行くか」を一から考えていると、時間が過ぎてしまいます。行動の条件をトリガーとして、方法を決めておけば、条件に達したときに準備した行動へ移りやすくなります。

第三に、危機時に考える負担を減らします。

警報が鳴り、家族の安全を心配し、状況が変わり続ける中では、落ち着いて選択肢を比較できない場合があります。避難先、経路、役割、持ち出し品を決めておくことで、その場で判断しなければならないことを減らします。

第四に、家族や支援者の行動をそろえます。

誰が連絡し、誰が支援するかを共有しておけば、「誰かがやってくれると思っていた」という行き違いを減らせます。事前に相談することで、実際には足りていない支援も見つけやすくなります。

リスクポリシーは、危機の最中に冷静さだけを頼りにするのではなく、平時の判断と準備によって、安全を確保する行動を支える仕組みです。

7.水害へのリスクポリシー

水害への備えを具体化するために、東京都や国土交通省は「マイ・タイムライン」を紹介しています。自分や家族が、いつ、何をするかを事前に整理するためのものです。

マイ・タイムラインを参考に、わが家の「行動開始の条件」を明記します。

<参考>
🔹 東京都「東京マイ・タイムライン」
🔹 国土交通省「Webでマイ・タイムライン」

こうしたツールを使う際に、特に明確にしておきたいのが、行動のトリガーです。
「避難先は決めてある」「持ち出し品は準備してある」。それでも、行動を始める条件(トリガー)が曖昧だと、その場で「もう少し様子を見よう」と判断を先送りする余地が残ります。

マイ・タイムラインを作成したら、次の四つの問いに具体的に答えられるか、確かめてみてください。判断基準が曖昧な部分は、より具体化します。

行動行動開始の条件誰が確認するか条件を満たしたら行うこと
避難準備を始める____が発表・確認されたら________
親の避難支援を開始する____になったら________
自宅外への避難を開始する____になったら________
予定した方法から切り替える____が使えない・危険と分かったら________

 

条件は、地域の最新の防災情報、自宅の危険性、家族の移動や支援に必要な時間を踏まえて決めます。
複数の条件を挙げる場合は、「どれか一つで始める」のかも明確にします。
危険が迫っているときに、条件がすべてそろうまで待つためのルールではありません。

🔔 「何をするか」に加えて、トリガー「どの条件で実行するか」を決める。これが、リスクポリシーを行動につなげる要点です。

8.定年後(老後)のリスクポリシー

水害は一つの例に過ぎません。
多くの人は水害という危機を経験せずに人生を終えることができるでしょう。

であれば、誰もが遭遇するであろう危機、緊急時は何でしょうか?

それは死をゴールとする定年後(老後)です。
死に向かう加齢にともなって、心身の機能は今とは違って低下し、病気やケガをする可能性が高まり、認知症になるかもしれません。

そのような状態が今の健常な姿からすれば、危機であり、緊急時ではありませんか?
定年後(老後)になってから遭遇する様々なテーマに対して、その場で適切な判断をすることができるでしょうか?

時間と選択する力がある今、自分と親の老後のリスクポリシーを考えておく必要があると気づいた人は、LIFEデザインワークをしてみてください。
ただ、水害と違い、老後に考えるべきテーマは多様です。心配していること以外にも、まだ気づいていない課題があるかもしれません。

LIFEデザインワークは49枚のカードを通じて、水害が発生する前に水害のリスクポリシーを用意するように、定年後(老後)を迎える前にそのリスクポリシーを用意することができます。

 

 

 

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