行動心理学

なぜスティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学で「死」を語ったのか ―人生のマイルストーンとは?

1.Stay hungry,stay foolish.

2005年6月12日、スタンフォード大学の卒業式において、その壇上に立ったスティーブ・ジョブズは、自身の人生を振り返る3つのストーリーを語り始めました。

最初に語られたのは、大学を中退したこと、そして、人生の「点と点」は、後になってつながるという話でした。

次に語られたのは、自らが創業したアップルを追い出されるという挫折と、それでもなお、仕事を愛し続けた経験です。

そして、3つ目のストーリーで、彼は初めて「死」を正面から語ります。

“Remembering that I’ll be dead soon is the most important tool 

I’ve ever encountered to help me make the big choices in life, because al-most everything – all external expectations, all pride, all fear of embarrassment or failure – these things just fall away in the face of death, leaving only what is truly important.

 Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose.

 You are already naked.

 There is no reason to follow your heart.”

「自分はもうすぐ死ぬのだと意識しておくことは、私が人生の重大な選択をする際に役立つツールとして偶然に手にしたものの中でも、最も重要です。

なぜなら、ほとんどすべてのこと ー いろいろな外部からの期待や、自分のあらゆるプライド、混乱や失敗に対するさまざまな恐れ ー こういったものは、死に直面すると消えてなくなり、真に重要なことだけが残されるからです。

自分も死に向かっているのだと意識することは、自分には失うものがあるという思考の落とし穴を避けるための策として、私の知る範囲では最善です。

皆さんはすでに何も身に着けていない状態なのです。

自分の心に従わない理由はありません。」

(出典 CNN English Express

卒業という祝福の場で、語られたこの言葉は、卒業する大学生に対する単なる人生訓として発せられたものではありません。なぜならこのとき彼は、死を抽象的な概念としてではなく、現実の出来事として引き受けた後だったからです。このスピーチはしばしば、「若者を勇気づける名言集」として引用されます。

しかし、この3つ目の物語に込められているのは、勇気や挑戦を促すメッセージというよりも、人生の参照点が変わってしまった人間が、世界をどう見ているのかという告白に近いものです。もしそうだとしたら、この講演は単なる名スピーチではありません。それは、人生の参照点が「死」に移動したとき、行動がどう変わるのかを示す、貴重な記録なのです。

2005年6月12日 ジョブズのスピーチ
☞ https://youtu.be/Hd_ptbiPoXM?si=1vchJSbLH1o5M0Gy

Steve Jobs Stanford University Commencement Address, 2005

2.その講演は、どの「地点」から語られたのか

2005年6月12日、ジョブズがスタンフォード大学において、この講演を行った時点で、彼はすでに膵臓がんの告知を受け、自分が死ぬ可能性と現実的に向き合った後でした。つまり、彼にとって「死」は、いつかは起きる抽象的な出来事ではなく、哲学書の中の観念でもなく、現実の時間軸の中にタイマーがすでに動き出した出来事だったのです。

人は考えるとき、必ず何らかの「基準点」を持ち、それとの違いに基づいて何かを理解しようとします。多くの場合、その基準点は、今日の自分もしくは、昨日までの延長線上にある自分です。

これを本書では、人生の”参照点”と呼びます。参照点が「今日」にある限り、人の判断は自然と次の方向に引き寄せられます。

✅ 何を失うのか?

✅ 今の生活をどう守るのか?

✅ 痛みや不安をどう避けるのか?

これは弱さでも欠点でもありません。生きている人間として、きわめて自然な反応です。しかし、ジョブズの場合、この参照点が「今日」からすでに動いていました。がんの告知によって、彼は否応なく、「自分の人生は終わる」という地点を参照点として意識せざるを得なくなります。

その瞬間、人生を評価する物差しは変わります。

✅ いま何を失うのかではなく ☞ 最後に何を残すのか

✅ 失敗する恐怖ではなく ☞ やり残す後悔

「最後に何を残すのか?」「やり残す後悔は何か?」
これらは自らに発する問いです。こうした問いが、抽象ではなく、現実の重さをもって立ち上がったのは、まさに残り時間が少ない死という参照点から発せられたからです。

では、彼があの言葉を語るに至った背景には、実際に何が起きていたのでしょうか。スタンフォード大学での講演の前後に、ジョブズが医師らからどのような告知を受け、どのような治療と時間を過ごしていたのかを、事実に即して見ていきます。

3.講演の裏側にあった、がんの告知と治療の選択

スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学で講演を行ったのは2005年6月12日でしたが、その講演の背後には、すでに約1年半にわたるがんとの闘いと治療がありました。

がんが発見されたのは、2003年10月のこと。
きっかけは、腎臓結石の検査のために受けたCTスキャンでした。本来の目的とは別に、膵臓に「影」が映っていることが分かったのです

ジョブズは、当初その結果を無視しました。しかし担当医は、繰り返し検査を受けるようしつこく連絡をしてきたため、最終的にジョブズは、改めてCT検査を受けました。その結果が膵臓に腫瘍があることであり、医師は「余命は数か月かもしれない」と、遠回しに告げました。

その日の夜、さらに内視鏡による詳しい検査が行われました。この検査の結果、幸いなことにジョブズの腫瘍は一般的な膵臓がんではなく、膵島細胞線種、あるいは膵臓神経内分泌腫瘍と呼ばれる比較的まれなタイプのがんであることが分かります。その進行は比較的遅く、その分、治療できる可能性も高いとされていました。それに対する治療として医学的に認められている対策は、一つしかありませんでした。それは外科手術による切除です。

しかしジョブズは、この手術を拒否します。

彼はその後、約9か月にわたって、手術を受けることなく、手術以外の方法を選び続けました。実践したのは、

🔹 絶対菜食主義(ヴィーガン)による食事療法

🔹 鍼治療

🔹 心霊治療の専門家から勧められた代替療法

といった、医学的根拠が確立しているとは言いがたい方法でした。この選択は、後年になって「なぜ手術を先延ばしにしたのか」という議論を呼ぶことになります。

9ヵ月後の2004年7月、再びCT検査を受けたところ、腫瘍は明らかに大きくなっていました。この時、ジョブズはようやく手術を決断します。行われたのは、結果として膵臓の一部を切除する比較的小規模な手術となりました。しかしその際、肝臓に3か所の転移が見つかります。それでも、この一連の経緯を経て、ジョブズは生き続けます。

そしてその翌年、2005年6月。彼はスタンフォード大学の壇上に立って先ほどの伝説的なスピーチを行ったのです。

次にこの講演が語られた「地点」を手がかりに、人生の参照点をどこに置くかという問題を整理していきます。

スティーブ・ジョブズの膵臓がん発見から死に至るまでの治療年表

【2003年10月】膵臓がんの発見(偶然)

・腎臓結石の検査のために受けた CTスキャン により、偶然、膵臓に「影」が見つかる

・当初、ジョブズはこれを重要視せず、対応を先送りする

・その後、医師が繰り返し検査を勧め、再度CT検査を受ける。医師から 「余命は数か月かもしれない」と遠回しに告げられる

 

【2003年10月(同日)】余命宣告と診断の修正

・同日の夜、内視鏡による詳しい検査を実施。腫瘍は、一般的な膵臓がんではなく、膵神経内分泌腫瘍(水頭細胞腺腫と呼ばれることもある)という、比較的進行が遅いタイプであることが判明し、早期手術により治療できる可能性が高いと説明を受ける

 

【2003年10月~2004年7月】手術を拒否し、代替療法を選択

・医学的に確立した対策が「外科手術のみ」であるにもかかわらず、ジョブズは手術を拒否

・約9か月にわたり、以下の代替療法を実践

・絶対菜食主義(ヴィーガン)による食事療法

・鍼治療

・心霊治療の専門家から勧められた治療法

この期間、腫瘍は徐々に進行していく

 

【2004年7月】腫瘍の増大と手術の決断

新たなCT検査で、腫瘍の明確な増大が確認される

・ジョブズは手術を決断し、膵臓の一部を切除する 比較的小規模な手術 を受ける

・その際、肝臓に3か所の転移 が見つかる

 

【2005年6月12日】スタンフォード大学卒業式での講演

・がんの告知と治療を経た後、スタンフォード大学の卒業式で講演

・「死」を正面から語る三つ目のストーリーを披露

 

【2008年】がんの進行と疼痛の増大

・がんが体内で広がっていることが明らかになる

・強い疼痛が現れ、モルヒネを中心とした鎮痛剤を使用

・体重が著しく減少し、外見上も明らかな変化が見られる

 

【2008年後半】スイスでの放射線治療

・スイスに渡り、放射線治療を受ける

 

【 2009年3月21日】肝臓移植手術

・肝臓への転移に対処するため、肝移植手術を受ける

・この治療は賛否両論を呼んだが、ジョブズは生きるための選択を続けた

 

【2010年11月】終末期の症状

・痛みが激しく、食事を摂ることが困難になる

・点滴による栄養補給が必要な状態となる。体重は約52kgまで減少(健康時より約20kg減)

 

【2011年10月5日】死去(享年56歳)

・カリフォルニア州パロアルトの自宅で死去

 

<補足(筆者の立場)>

この年表は、ジョブズの医療判断の是非を問うためのものではありません。

筆者が注目するのは、以下の点です。

✅ 彼が いつ死を現実として引き受けたのか

✅ その地点から、何を人生の参照点に置いたのか

*出展『スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)』ウォルター・アイザックソン

 

4.がんを告知された前後のジョブズの業績

ジョブズは闘病しながら、次のような製品、サービスを創り続けました。

製品・サービス

発表年月

意味

iTunes Store20034音楽ビジネスモデルを転換
iPod mini20041iPod普及の加速
iPod nano20059フラッシュメモリ化
iPhone20071スマートフォン革命
iPhone 3G20086App Store時代の本格化
App Store20087エコシステムの完成
MacBook Air200810薄型ノートの基準を提示
iPad20101タブレット市場の創出
iPhone 420106Retinaディスプレイ導入
iCloud20116クラウド連携の中核
iPhone 4S201110ジョブズ最後の発表製品

5.ジョブズが踏まなかったマイルストーン

人生の終わりを意識する地点に立ったからといって、人生のあらゆる選択や関係が、あとから取り戻せるわけではありません。

ジョブズの伝記を読むと、彼が家族、とりわけ前妻との娘との関係において、長い葛藤を抱えていたことが分かります。世界を変える仕事にほとんどすべてのエネルギーを注ぐ一方で、家族との関係は後回しにされ、家族との関係が放置されたままの時間があったようです。

家族との関係が彼にとって重要ではなかったということではありません。重要であることは分かっていたのでしょうが、それを今向き合うべきマイルストーンとしては捉えていなかったのです。

仕事には締切があります。製品には発売日があります。成功には明確な指標がありますが、家族との関係には、「ここを過ぎたら手遅れになる」という分かりやすい線は引かれていません。そのため、重要であるにもかかわらず、先送りされ続けてしまう。そして皮肉なのは、そのマイルストーンの存在に気づくのは、死を意識した後だったという点です。

しかし、彼が踏まなかったマイルストーンは家族だけではなかったでしょう。

人生の終わりを意識して初めて、踏まなかったマイルストーンが後悔として立ち上がる。しかし、そのときにはすでに、遺された時間の中でそれを十分に取り戻すことが難しくなる場合は少なくありません。

6.マイルストーンは、トレードオフの結果でもある

ジョブズは、偉大な仕事を成し遂げた人物でした。それは同時に、仕事以外の踏まなかったマイルストーンが少なくなかったということでもあります。

もちろん誰もが人生において、自分が欲するすべてのマイルストーンを踏むことはできません。あるマイルストーンを踏むということは、別のマイルストーンを踏まないというトレードオフの関係にあります。仕事にすべてを賭けるという選択は、別の何かを後回しにするという選択をすることなのです。

ジョブズの人生は、この現実をきわめて率直に示しています。重要なのは、トレードオフが存在することそのものではありません。問題は、どのマイルストーンを踏み、どのマイルストーンを踏まないのかを、予め考えて選択していたかどうかなのです。ジョブズの場合はそうとは思えません。

7.人生のゴールと、そこへ至る途中のマイルストーン

人生の終わりを意識したとき、人は自身にこう問います。

「この人生を、最後に振り返ったとき、自分は納得できるだろうか?」

この問いは結果を指しているのではありません。

この結果に至った過去にした自分の選択に対する納得感です。

言い換えると、

「自分の過去にした選択は後悔のない人生をもたらしたであろうか?」

人生のゴールを”後悔のない人生”だとしましょう。
人は、”後悔のない人生”というゴールだけを見て進むことはできません。そのゴールに至るまでに数多くの通過すべき中継点(マイルストーン)が必要です。旅をするにも数多くの乗換をする駅があるように。
マイルストーンをひとつずつたどることによって最終的に「後悔のない人生」にたどりつくのです。

問題はそのマイルストーンを予め設定してゴールに向かって歩き出すのか、それとも成り行き任せに歩くのかです。成り行きまかせに歩いていると、経由すべきマイルストーンを通り越してしまい、次のような言葉を発せざるを得なくなります。

✅ あのとき、話しておけばよかった

✅ なぜ、先送りしてしまったのだろう

✅ もう一度、やり直せたなら

これらは後悔として立ち上がります。

マイルストーンには後悔になってから向き合うよりも、あからじめ想定しておく方がよいと思いませんか?

🔸 家族・友人
🔸 健康
🔸 お金
🔸 生き甲斐etc.

 

おわりに

スティーブ・ジョブズの講演が今も人の心を打つのは、彼が死を語ったからではありません。人生の見え方が変わったとき、何が見え、何が見えなくなるのかを、私たちに示したからです。

人生は、極めて単純化すると、踏むマイルストーンと踏まないマイルストーンの選択です。あなたは、ご自身の人生にどんなマイルストーンを置いているでしょうか?そして、それを自分自身で選んでいるのでしょうか?

後悔しない人生のマイルストーンはHappy Ending カードから

自分自身の価値観で人生のゴールに向けてどのようなマイルストーンが必要かチェックすることができます。

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