9.11……
2001年に発生したアメリカ同時多発テロ事件
3千名近くの人が亡くなった悲惨な事件でした。
亡くなった人や会社はテロに備えていなかったからなのか?といえば、むしろ、充分に備えていたにもかかわらずだったのです。
テロ対策としてしっかりとしたリスクポリシーを事前に策定し、当日そのリスクポリシーの通りに運用していたにもかかわらず、助からなかった富士銀行ニューヨーク支店のケースを確証バイアスの視点で取り上げます。
今後あなたが判断を迫られた際に、その判断が確証バイアスに影響されていると気づくことができたら、直観とは違った行動を選択することができるかもしれません。
さらに、あなたの老後の「9.11」に対するリスクポリシーについても考えてみたらいかがでしょう。
9.11 アメリカ同時多発テロ(2001年9月11日)
110階建のWTCツインタワーは北棟(第1棟)、南棟(第2棟)が40メートルの距離をおいて空を圧するように直立していました。
WTCツインタワーは、ニューヨークの摩天楼の象徴であり、良い意味でも、悪い意味でもアメリカの繁栄の象徴でした。
2001年9月1日、米国内において4機の民間航空機がハイジャックされ、そのうち2機の民間航空機が世界貿易センタービル(WTC)の北棟、南塔にあいついで突入した結果、ツインタワーを崩壊させ、2,749名にのぼる死者を出しました。
死者のうち147名は2機の旅客機の乗客・乗員、412名は消防、警察などの救助隊員で、ビル内にいた約600名は旅客機の突入で即死したとみられますが、残りの1,500名が生存しながらツインタワーに閉じ込められました。
南棟の78階から82階にオフィスを構えていた日本の企業、富士銀行の社員のうち12名がこの事件に巻き込まれ、亡くなりました。
WTC爆破事件(1993年)
実は二回目だったのです
アメリカの象徴であるWTCへのテロは9.11が最初ではありませんでした。テロリストが、北棟の地下駐車場に大量の爆薬を積んだ車を駐車させた後に爆発させたのです。(1993年2月26日)
犯人は北棟を南棟側に倒壊させてツインタワーの倒壊を狙いました。結果としては、ビルの倒壊には至らなかったものの、6名が死亡し、1,040名以上が負傷する大惨事となりました。
この教訓からWTCのテロ対策は強化されたのです。また、9.11の被害者にはこのテロを経験していたために高層階から避難した人も少なくなかったと言います。
WTCと入居する企業とその職員は1993年の爆破事件を経験した、あるいはその事実を知った上で、7年後に9.11を迎えたことになります。
富士銀行 ニューヨーク支店
9.11で12名の日本人行員を失った富士銀行ニューヨーク支店と関連企業は、WTC南棟79〜83階にオフィスを構えていました。
2機目のユナイテッド175便は、よりによって、富士銀行グループが入居していた南棟79階から83階に突入してきたのです。
ここからが本題です。
12名の日本人行員は助かっていたかもしれなかったのです。
むしろ、助かっていたはずだったと言ってもよいかもしれません。
その経緯は以下の通りです。
08:46
アメリカン航空11便が北棟に突入。
南棟にいた富士銀行の幹部は北棟の事故を察知してから1分とたたないうちに、ビルの管理者の指示を待つことなく、直ちに職員に避難指示を下したのです。同行のリスクポリシーは非常に明確で、かつ訓練も行き届いていました。
その結果、10分以内に大半の社員はエレベーターを使って安全にロビー階に降りることができたのです。
08:50
しかし、ロビー階に降りてみると、WTCの警備員が彼等を呼び止め、南棟は大丈夫だからオフィスに戻ってかまわないと言ったのです。
そこで、多くの社員はせっかく降りた地上からまたオフィスのある地上79階以上へと戻っていってしまったというのです。また、南棟は安全であるからオフィスに戻るようにと館内放送も流されていました。避難階段を使って降りようとしていた行員は途中からオフィスに引き返しました。
「 この日本の銀行の従業員のほとんどが、警備員がこう断言するのを聞いて、日頃の訓練の成果が逆に作用した行動をとってしまった。従順に指示に従う習慣を身に付けていた彼らは、そのおかげでこれほど素早く対応して地上階に 降りて来たのだが、今度はそれが逆転して、 来たときに劣らず、大急ぎで上の階に上がっていった。」
08:59
オフィスに戻る最中に、警察、消防本部より南棟、北棟両棟全員に対して至難指示が出されました。それを富士銀行の行員が確認したか否かは不明です。
09:02
彼等がオフィスに戻った直後に、ハイジャックされた2機目のユナイテッド175便が870キロのスピードで丁度富士銀行のオフィスがある78階から85階に突入しました。
確証バイアス
富士銀行の社員たちは、避難したロビーからあるいは階段の途中からオフィスに戻らなければ、助かった可能性が高かったでしょう。
富士銀行の人命第一のリスクポリシーはとても素晴らしいものでしたが、途中でそのリスクポリシーを翻してしまいました。リスクポリシーの遵守とロビーにいた警備員と館内放送の安全であるとの主張に従うかの二者択一だったのですが、なぜ、リスクポリシーを翻して警備員の主張を信じてしまったのでしょうか?
行動心理学の研究によって、そもそも、人間は自分が思っているほど合理的にものごとを判断をするわけではないということがわかってきました。
代表的なヒューリスティックのひとつが確証バイアスです。
人は判断にあたって、まんべんなく情報を入手して、じっくりと考えるのではなく、自分の意向に都合のよい情報を探して、容易にそれを信じてしまうというバイアスです。しかも、自分でそのような判断をしていることに気づかないのです。
早い結論を指向するシステム1(直観)は信じたがる傾向を持ちます。そもそも、巨大なWTCの安全性への信頼があり、事情をよく知っているはずである警備員と館内放送が安全だと言っているから、安全なのだろうと早急に結論を出そうとするのです。それに対して、直観の判断に疑いを持ち、チェックするのがシステム2(理性)の役割です。しかし、それにシステム2(理性)が何か他のことに集中していたり、疲れていたら信じたがるシステム1(直観)を規制することが難しくなります。
確証バイアスは意識に上らずに意思決定を支配してしまうので注意が必要です。あなた自身の経験においても、もっとよく考えて決めればよかったと後悔したケースは、自分の意向に都合のよい情報ばかりを集めて決定したことが原因ではありませんでしたか?
それは確証バイアスだったのです。
確証バイアスから逃れる手段は2つです。
・自分の仮説に対してその反対の意見を考えて検証(反証)してみる
こと。
・客観的に判断できる他人の判断を仰いてみる。
特に気持ちと時間に余裕がない時に確証バイパスの影響は大きくなります。
9.11における富士銀行の社員の場合
富士銀行の人たちは確証バイアスに陥りやすい環境にありました。
・富士銀行の社員に限らず、WTCにいた人々にはなすべき仕事があり、仕事をしたいという当然の意向を持っていた。丁度時刻は始業時刻にあたり、ニューヨーク証券取引所が開く直前の時間帯だった。
・富士銀行の社員も警備員もWTCツインタワーが倒壊するとまでは思わなかった。北棟には飛行機が突入したものの、まだ倒壊にまでは至っていなかった。
・安全を勧告した警備員はビルの安全についてよく知っているはずだし、直近の情報にも通じているはずなので、警備員の言うことは信ずるに足りる。あるいはビルを管理している警備員の指示には従わなければならないと考えた。
・しかも、富士銀行の管理職のシステム2(理性)はそれまでの社員への避難の指示や自分自身の避難とストレスで疲れていた。
ビルの管理者からの南棟は安全だという指示は仕事に戻りたい自分の意向にピッタリとフィットしてました。システム1(直観)は自分の欲しかった情報を容易に信じた一方、自分たちの避難とストレスによって疲れ果てていたシステム2(理性)はシステム1(直観)の判断を反証せずに受け入れてしまったのです。
もし、できたとしたら、システム2(理性)がすべき反証はこのようなものだったでしょう。
・警備員と館内放送が安全だと主張する根拠は何か?
・最初に飛行機が衝突した北棟の状況はどうか?北棟の倒壊、地盤崩壊等を通じて南棟に損害を与える可能性はないだろうか?
・なぜ、北棟に飛行機が突入したのだろうか?(テロの可能性)
・南棟へのさらなるテロの可能性はないか?
・避難を続けて失うものが何であろうか?命との比較考量
システム2が上記のように直観に反証できたとしたら、違った判断になっていたかもしれません。
自動的に判断を下してしまうシステム1に反証する仕組みと習慣が大事です。
リスクポリシー
想定外の事態に直面して、迅速な判断を求められる際に、限られた情報から正しい選択をするのは容易ではないことを9.11のケースが教えてくれました。
そこで、なんともない平時に方針を決めておいて、万一の際に迷わずそれを実行するルールがリスクポリシーです。
リスクポリシーは、判断を迫られない環境の下で外部情報を活用したアプローチです。目前の環境に囚われることなく、設定することができるので、過度な楽観性による愚考の防止と過度な損失回避性による思考停止を防ぐことができます。
富士銀行の場合は人命第一、仕事第二、非常事態になれば、仕事を捨てて避難せよ!でした。非常に明確なリスクポリシーです。そのリスクポリシーは初動では厳格に実行されました。素晴らしい!
しかし、それはロビーに降りるまでだったのでした……
リスクポリシーに基づく冷静な判断はその時点で反故になってしまいました。もし、リスクポリシーを変更するとすれば、それなりの反証をする必要があったのです。
リスクポリシーはシステム2(理性)がストレスを感じていないタイミングに外部情報を取り入れた方針であり、万が一の際のシステム1(直観)による確証バイアスなどのヒューリスティックを規制する効果がある。
リスクポリシー解除の基準
リスクポリシーには発動の基準だけでなく、解除の基準も設定しておくと、実行段階における判断を容易にすることができます。
本ケースであれば、上司から避難指示が出た場合は、その解除の基準を上司の指示と設定し、職員個々の勝手な判断でオフィスに戻らないようにするようリスクポリシーに決めておくなどしておく方法があります。
リスクポリシーは、確証バイアスにとらわれがちな人間の選択を容易にする有効な手段であると言えるでしょう。
老後に対する確証バイアス
9.11のように、自分がいるビルに飛行機が衝突したり、地震・火災などの災害に見舞われる可能性はさほど大きなものとは言えませんが、多くの人がそのような災害に備えています。
一方、原因とタイミングは様々でしょうが、自分と家族が死ぬ可能性は100%であり、死ぬ前には心身が衰えた状態にある可能性はかなり高いと言えます。自分と家族の死と老後にちゃんと備えているでしょうか?
自分と家族の老後に対しても確証バイアスが働いていることに注意が必要です。
現在の自分の老後に対する確証バイアス
今多くの人が抱えている自分の老後に対する確証バイアスの影響をいくつかピックアップしてみましょう。
そもそもシステム1(直観)には将来を考える力がありません。限られた時間の中で優先順位を決める際に、将来の自分より今の自分を大切にしようとする確証バイアスが働く結果は以下の通りです。
<自分に対するもの>
・老後ははるかに先の話でまだ備える時間がたっぷりある
・自分は認知症にはならない
・自分はピンピンコロリで死ぬはずだ
・自分はお金に困るほど長生きはしない
<家族に対するもの>
・両親はまだしばらく元気でいてくれるだろう
・両親が将来入る老人ホームの費用は自分で用意してくれているだろう
・葬儀や墓の準備はまだ先でかまわない
etc.
老後に入ってからの確証バイアス
老後は心身ともに衰えますが、健康状態の悪化はシステム2(理性)の活動を妨げ、認知症の進行はシステム2(理性)を劣化させます。その結果、老後はますます負荷の小さなシステム1(直観)への依存が大きくなるのです。
老後のリスクポリシー
老後に訪れる様々なリスクは老後の9.11であると言えるでしょう。
あなたは老後の9.11に備えるリスクポリシーをちゃんと用意しているでしょうか?自分の人生の南棟に突入してくる2機目の飛行機に対するものです。
衰えた心身に下にある老後において、追い詰められた際に正しい判断ができるでしょうか?
そのような状態に追い込まれる前に備えておいた方が賢明だと思いませんか。
ポイントはリスクポリシーが対象とする①リスクとそれぞれのリスクに対する②対策です。そこでまず、あなたは、老後のリスクについてちゃんと知っているでしょうか?
1993年にすでにテロに遭っていたWTCが、9.11の際に、2機目の航空機の突入と、ツインタワーの倒壊が想定外であったことを想い出してください。賢明な人でも想定外に備えることはできません。
老後のリスクポリシーの作り方
老後のリスクはなんとなくは知っているが、ちゃんとは知らないという人は、Happy Ending カードがお手伝いします。
Happy Ending カードはセカンドライフのリスクポリシーの対象とするリスクと解決先を提供しています。リアルなプレイとオンライン受講のいずれかが選べます。
・システム1(直観)がもたらす確証バイアスに対しては反証と他人の意見を聞くことでカバーすることができる。
・システム2(理性)はシステム1(直観)の判断を検証、反論する役割を果たすが、疲れやすいので常にその役割を期待することはできない。
・確証バイアスと疲れやすいシステム2(理性)の問題点をカバーするために、システム2(理性)と予めリスクポリシーを策定しておくのが有効
・老後はシステム2(理性)が衰え、確証バイアスに頼りがちになるので、老後のリスクポリシーを今のうちに作成しておく