WHY? 何のためのHappy ending !!

痛いのはごめんだ!緩和ケアを知らないリスク

痛いのはごめんだ!
痛た〜っ!、痛いってば……
まさか、痛みが好きな人はいませんよね〜

痛みにあらかじめ備えることはできるのでしょうか?
がんだけでなく、神経痛の痛みに苦しんでいる人が少なくありませんが、緩和ケアが必要となった時にはゆっくりと調べる余裕がないかもしれません。

そこで、”もうひとつの保険”としての緩和ケア。
WHO(世界保健機関)のがん疼痛除痛ラダーを紹介します。

作家 山本七平の痛み

「私が既に知っていることを医師が知らないはずがあるだろうか。それならば皆が広く知識を持つことだ。病院に入って「先生コンチン頼みます」とか「先生硬膜外頼みます」とかみんなで言い立てることだ。大体「官僚機構の壁」などと言うものは、そうしなければ打破できない。」

「空気の研究」等で著名な作家・評論家の山本七平は、自身の膵臓がんの闘病記を「病床つれづれ草」というタイトルで週刊誌に連載していました。上はその一節です。

死後、妻と子息が「山本七平 ガンとかく闘えり」に「病床つれづれ草」とその経緯を詳細に書き記しています。

山本七平は、当初、東京のK(慶応ではない)病院に入院しますが、がんを原因とする激痛に見舞われ、それはベッドの上を七転八倒するというほどの苦しみであったようです。しかし、残念なことに、K病院における処置ではこの痛みから逃れることができなかったのです。

幸いなことに、彼は入院する前から妻の従兄弟である麻酔科の医師の著書を読んでおり、硬膜外ブロックという鎮痛法の存在を知っていました。

そこで、激痛から逃れるために、K病院の担当医に硬膜外ブロックの処置を依頼したのですが、断られてしまいます。硬膜外ブロックは手術の際に行うもので、彼の症状には適用できないと言われてしまいます。

「もう助からないのであれば、どんどんモルヒネを打って痛みを止めてくれた方がはるかにありがたかった。……確かに医者は患者を治療すべきであろう。しかし時と場合と言うものがある。」

激痛に耐えかねた山本七平は、硬膜外ブロックを受けることができる病院を捜し、紹介を受けてK病院から有明のがんセンターに転院します。転院後直ちに、ペイン・クリニックの専門医から硬膜外ブロックを処置され、「痛みはたちまち消えていった」と書いてあります。

どこの病院でも痛みを取ってくれるというわけではないのです。
彼の硬膜外ブロックにはモルヒネが使用されました。

<痛みの定義>

「組織の実質的あるいは潜在的な障害に伴う,あるいは,そのような障害を表す言葉で表現される不快な感覚あるいは情動体験」

国際疼痛学会(IASP)

モルヒネへの誤解

現在、最も強力な鎮痛薬とされるのは、モルヒネを筆頭とするオピオイド鎮痛薬です。

強力な鎮痛効果のあるモルヒネですが、医療者の間ではその使用が抑制的でした。その理由は、モルヒネはアヘンの化合物、すなわち麻薬であるからです。管理も使用も国によって厳しく制限されてきました。

アヘンは昔から鎮痛効果が知られていますが、多量の服用は死を招き、健常者が常用すると常習性がついてついには廃人となってしまいます。アヘンについては19世紀のアヘン戦争の歴史の経緯を覚えている人もいることでしょう。
そこで、できるだけモルヒネは使わない方がよいと考えている医師、看護師も少なくなかったのです。

山本七平はこう書いています。
「看護師さんから言われました。「そんなに簡単にモルヒネを打ったりすると、大変なことになりますよ」」

アヘンを吸引する清国人

アヘンを吸引すると恍惚状態に至り、常習化します。
1840年に勃発した清国と英国のアヘン戦争の原因は、アヘンでした。

英国は中国からの茶葉の輸入で大幅な輸入超過に陥っていた事態を改善するために、インドで栽培したアヘンを大量に清に輸出しました。その結果、清にアヘン吸引の悪弊が広まっていき、健康を害する者が多くなり、風紀も退廃していきました。

その後、清がアヘンの輸入を禁止したことを理由に、英国が仕掛けたのがアヘン戦争です。英国の勝利で終わった戦争の結果、南京条約によって清は香港を英国に割譲したのです。

アヘン戦争は、日本人に欧米の帝国主義の脅威とともにアヘンのリスクを知らしめたのです。

アヘンの原料はケシ

ケシはあへん法によって、日本では指定耕作者以外の栽培が禁止されています。それだけ麻薬としての流通を恐れているのでしょう。

アヘンは花が落ちた後のケシ玉から取れる果汁を乾燥させたものです。その指定耕作者もなくなった現在、日本の国民のモルヒネの海外依存度は100%であるというわけです。

WHO 3段階がん疼痛除痛ラダー

1980年代、全世界の多くのがん患者ががんを原因とする疼痛に苦しんおり、その理由が適切な鎮痛薬を処方されていないことであることが判明したことから、世界保健機関WHOは、WHO方式3段階除痛(鎮痛)ラダーを全世界の医師会に通知しました。 (1986年)

その骨子は、痛みの程度に応じた3段階の鎮痛薬の処方の方式を提示するともに、第3段階では、モルヒネの積極的な処方を指示したのです。

痛みに苦しむ患者にその痛みが取れるだけ十分にモルヒネを使用をしても、常習性はつかず、副作用はその効果に比べると大きなものではないことを明言したのです。

副作用の主なものは吐き気、嘔吐と便秘であり、それに対処する薬も合わせて処方されます。現在も若干の改訂を踏まえながら、このWHOの3段階がん疼痛除痛ラダーが使われています。

 医療用モルヒネの使用量の国際比較

山本七平の話は30年も前の昔の話であり、現在は日本でも適切な緩和ケアが受けられると信じたいものですが、その点には少し疑問があります。

そもそも山本七平が膵臓がんで亡くなった1991年は、WHOの3段階がん疼痛除痛ラダーが発表された1986年の5年も後のことでした。しかし、WHO方式3段階除通法が日本のK病院に周知されていたとは思えません。あるいは知っていたものの、対応するスキルがなかったのかもしれません。

そこで、現在の状況を医療用モルヒネの使用量のデータを国際比較で見ることで判断してみましょう。

<モルヒネ消費量 グラム/100万人/1日あたり、2008~2010年>

オーストリア     1,543.9
カナダ      1,727.8
USA      1,791.5
ドイツ      1,421.1
フランス        687.1
イギリス               471.5
イタリア               306.1
韓国                    172.2
日本                 111.8

(出典:厚労省HP 中医協 がん対策)

日本の医療用モルヒネの使用量は主要先進国中極めて少ないと言わざるを得ません。
日本人は痛みを感じないのでしょうか?
それとも我慢強いのでしょうか?

残念ながらこのデータからは、今でも疼痛に苦しんでいる人が少なくないことが想定されるのです。

緩和ケアとは

山本七平は硬膜外ブロックを知っていたので、K病院の担当医にその処理を依頼することができました。そして、K病院にその能力がないことがわかった際には、硬膜外ブロックができるがんセンターに転院することができたのです。

もし、彼が硬膜外ブロックの存在を知らなかったら、K病院のベッドの上で七転八倒しながら最期を迎えたかもしれません。

知らないということは恐ろしいことです。
ここで、緩和ケアとは何なのかを確認しておきましょう。

緩和ケアの定義(WHO2002年)

緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOLを、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである。

緩和ケアは

・痛みやその他のつらい症状を和らげる
・生命を肯定し、死にゆくことを自然な過程と捉える
・死を早めようとしたり遅らせようとしたりするものではない
・心理的およびスピリチュアルなケアを含む
・患者が最期までできる限り能動的に生きられるように支援する体制を提供する
・患者の病の間も死別後も、家族が対処していけるように支援する体制を提供する
・患者と家族のニーズに応えるためにチームアプローチを活用し、必要に応じて死別後のカウンセリングも行う
・QOLを高める。さらに、病の経過にも良い影響を及ぼす可能性がある
・病の早い時期から化学療法や放射線療法などの生存期間の延長を意図して行われる治療と組み合わせて適応でき、つらい合併症をよりよく理解し対処するための精査も含む

医療リテラシーを持たないリスク

医師や看護師という資格を保有していることと、患者に必要な治療を行うスキルがあることは必ずしもイコールではありません。白衣をまとっているからと言って医師を神として見てしまうと後悔することになるかもしれません。

医師や看護師すべてが緩和ケアについて熟知していて、モルヒネ等オピオイド鎮痛薬を適切に使用できるとは限りません。

しかも、痛みは、血圧や脈搏数等と異なり、本人にしかわからないという特殊性があるため、モルヒネの使用を躊躇する医療者と緩和ケアを望む患者のコミュニケーションが容易ではありません。

山本七平は、膵臓がんで入院する以前から硬膜外ブロックについて勉強していました。知らないものは欲しがれません。知らなければ、K病院の担当医に硬膜外ブロックを依頼したり、がんセンターに転院することもできなかった結果、死ぬまで激痛で七転八倒していたことでしょう。

医療者に依存するリスクを考慮すると、緩和ケアの選択について患者サイドに最低限の知識が必要であることが山本七平の経験から学ぶことができます。

がんの疼痛に限らず、座骨神経痛などのさまざまな慢性的な神経痛で苦しむ人が少なくありません。

”もうひとつの保険”として緩和ケアについての知識は自身と家族のためにも備えておいた方がよくないでしょうか。

Happy Ending カードで人生のリスクをスクリーニング

賢明な人でも知らないことに備えることはできません。
山本七平は硬膜外ブロックを知っていたからこそ、転院して硬膜外ブロックを受けることができました。

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