How? Happy Endingのために

人生の出口を明るくする尊厳死宣言 映画「ジョニーは戦場へ行った」より

京都におけるALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の嘱託殺人事件(2019年11月)をご存知だと思います。

詳細は不明ですが、報道によると、患者が主治医以外の医師2名に依頼して鎮静薬を胃瘻から投与され、命を断ったようです。そして、その医師2名が嘱託殺人の疑いで逮捕・起訴されました。

患者はそれ以前に、主治医に人工栄養の中止を求めたようですが、断られた模様です。

「生きるも死ぬのも個人の自由」だと思いたいところですが、少なくとも、死ぬ権利を保障する法律は日本にありません。しかし、アイデンティティーを持った生き方の最後が死であって、死に方も人生の一部であり、QOLの対象であると考える人であれば、何を選択するにしても、自己決定権を尊重してもらいたいと思うのではないでしょうか。

尊厳のある死はALSに限らず、病院の入院患者にとっても、介護施設の利用者にとっても、大きな問題になるはずですが、元気な時に予め、考えて備えている人はわずかです。京都の事件は、ハンデを負った病人や高齢者が閉鎖された自由の利かない環境の下で自分らしく生き、死ぬことが容易ではないことへの警鐘であるように思えます。

自分の意思を無視されて、生きることを強いられた「ジョニーは戦場に行った」を起点に尊厳死の問題をご紹介したいと思います。

映画「ジョニーは戦場に行った」

「ジョニーは戦場へ行った」は密室の中で自己決定を無視される兵士の物語です。

この映画を昔の話だとか、戦場における特殊な問題だと片づけることはできません。
現在でも、介護施設における利用者の虐待や殺人をニュースで見るのはさほど珍しいことではありません。現代の病院や介護施設の中でも、弱い立場の人に起こりうることを自分事にすると、恐ろしい限りです。

「ジョニーは戦場へ行った」はこのような物語です。
第一次大戦に出征したアメリカ人兵士のジョニーは、戦場において炸裂した砲弾によって両手、両足、視覚、聴覚、臭覚、咀嚼能力、言語能力までも失ってしまいました。

その結果、気がつくと、胴体と頭だけになり、包帯でぐるぐる巻きにされて、病院のベッドに横たわっています。

彼には明確な意識がありましたが、それを伝える手段が残されていないため、外部とのコミュニケーションを取ることができず、ただ生ける屍のように横たわっているのみでした。

到底意識があるとは思わなかった軍医や看護師は、彼を延命装置に繫いで植物人間として扱っていました。

しかし、ある日、新任の看護師がジョニーの胸に指でMerryXmas!と書いたのです。それにジョニーが反応します。看護師も反応するジョニーに気付きます。そして、ジョニーはやっと、外部とのコミュニケーションの手段に気付きました。

それは、モールス信号でした。
その後、ジョニーは看護師に対して、頭を枕に打ち付けてモールス信号を送ります。看護師はモールスを理解できないものの、なんらかの意思表示であることを理解して軍医らを呼びました。

モールス信号を理解する兵士がやって来て、その信号を解読しましたが、そこで彼が要求したのは、なんと「殺してくれ!」でした……
延命装置を外して欲しいというのがジョニーの意思表示だったのです。自殺することもできない彼は他人にそれを頼むしかありませんでした。

唖然とする軍医たち….

意識があると思わなかった軍医らは自分たちの立場が悪くなることを恐れて、ジョニーの希望を無視します。ジョニーは一人そのまま病室に放置されて絶望します。

その後、その様子の一部始終を見ていた看護師は、泣きながら彼の生命維持装置を切断して彼の希望をかなえようとします。

しかし、あいにくその時、軍医が病室に入って来てしまい、事態を把握して、看護師を追い出して、再度ジョニーに生命維持装置を繋げたのです。

その後、ジョニーは暗い病室で「S・O・S」を打ち続けますが、それを聞く者はいません。彼は完全にその存在を無視されたまま放置されたのです。

ジョニーの状態は日本における尊厳死の許容条件に合致するでしょうか?
終末期医療の自己決定を全く無視される痛ましいストーリーでした。

京都のALSの事件とも一脈通じるところがあると思いませんか。

東海大学病院事件

ジョニーのように意思能力を持ちながら意思表示ができない場合に加えて、意思能力を失った結果、自分の生死を他人に委ねなければならないケースは少なくありません。

本人の意思を確認せずに、積極的安楽死を行った医師が殺人罪で有罪となった東海大学病院事件は、そのひとつですが、日本において尊厳死を考える起点となりました。

横浜地裁の判決は、延命措置の停止と積極的安楽死の許容条件を一般化していますのでご紹介します。(事件の詳細は別の機会にご紹介するとして、今回はその一般的な許容条件を見ていただきます。)

東海大学病院事件概要(1991年)

多発性骨髄腫の終末期の自ら意思表示ができない患者に対して、家族から安楽死を依頼された医師が塩化カリウム等の薬剤を注射することにより、死に至らしめた事件。

医師に殺人罪(刑法第199条)にて懲役2年執行猶予2年の有罪判決が言い渡された。

この判決文では、一般的な許容要件として、治療行為の中止と積極的安楽死を整理しています。

治療行為の停止(尊厳死)の問題

治癒不可能な病気におかされた患者が回復の見込みがなく、治療を続けても、迫っている死を避けられないとき、なお延命のための治療を続けなければならないか、あるいは意味のない延命治療を中止することが許されるかという問題

積極的安楽死(いわゆる安楽死)の問題

治療行為の中止がなされても患者に苦痛があるとき、その苦痛の除去・緩和のための措置が最も求められるところであるが、時としてそうした措置が患者の死に影響を及ぼすことがあり、あるいは苦痛から逃れるため死に致すことを望まれることがある場合の問題

下表に縦軸に尊厳死と安楽死を、横軸に許容条件の項目を並べて整理しました。
尊厳死には②+③+④(推定的意思表示でも可)が、安楽死には①+②+③+④(本人の明示的意思表示要)が必要とされました。

(定義)
不治:薬物投与や放射線治療など回復を目指すあらゆる治療の効果がなくなり、死への進行が止められなくなった状態

末期:不治の状態で、かつ近い将来、死が不可避となった時点から死に至るまでの期間

東海大学病院事件では、塩化カリウム等の薬剤の投与を積極的安楽死と捉え、その積極的安楽死に必要な4つの要件のうち、①耐えがたい苦痛の不存在と④本人の明示的意思表示の欠如ならびに正確な医療の情報を持たない家族の意思表示は本人の意思を推定するものではないとして2つの要件が欠けているとして、医師が違法に患者の生命を断ったと判定されました。

治療行為の停止も、積極的安楽死も家族ができるわけではなく、行うのは医師です。医師は終末期医療において重い責任を負っています。医療者が刑事・民事責任を問われるような状況下で、尊厳死(治療行為の停止)や積極的安楽死は求めるべくもありません。東海大学病院事件においても京都のALSの事件にしても、患者ならびにその家族は、終末期の医療における医療者のリスクを理解しておく必要があります。

本人が尊厳死もしくは積極的安楽死を自己決定として医療者に求めるのであれば、上記の要件を予め自分で用意して置く必要があります。

日本には終末期医療に関する法律はありません。
上表の横浜地裁の要件を充足しているからと言って、必ずしも自分がかかっている病院、医師、介護事業者、介護者が自分の意思通りしてくれるとは限りません。
したがって、かかっている病院、介護施設等が自分の望む死に方に対応してくれるのか否か事前に確認するのが賢明でしょう。

終末期の医療・介護は人生の出口

死とそれに至る過程も自分の大切な人生であり、人生を締めくくる重要なイベントです。入口(出生)は自分で準備しようがありませんが、出口(死)は予め準備しておくことが可能です。

しかし、出口の直前で準備することが難しいことは、ジョニーと東海大学病院事件のケースでおわかりでしょう。その時の自分は今の自分から想像ができないほど弱い人間となっている可能性が高いからです。

出口近くで、自分が陥るかもしれない下記の状態への備えの要否を判断してください。
・意思能力があっても、意思表示する能力を失っている場合がある。(ジョニーのケース)
・意思表示したとしても、閉ざされた環境の下で自己決定が受け入れられない場合がある。(ジョニーのケース)
・自分が意思能力を失っている場合には、自分の意思を代理表示する人がいない場合がある。(東海大学病院事件のケース)

最後に 選択肢

人生の出口まで自己決定を通したい人にとって、最も重要なのは、終末期の医療について、家族やパートナーと予め相談をして、方針を共有しておくことです。しかも、口頭だけではなく、その内容を文書にして、家族と必要に応じて医療・介護関係者との間でも共有しておきます。考えたくないことですが、自分ではできない環境を想像してみてください。あるいは、そのような状態に困惑する家族のことを考えましょう。

また、内容は環境の変化に応じて見直しましょう。

厚生労働省は東海大学病院事件をはじめとした数々の終末期医療の事件を経て、人生の最終段階における医療・ケアの 決定プロセスに関するガイドラインを公布しています。医療者サイドの尊厳死に対する理解の広まりは期待したいところですが、問題は医療者にたどり着く前に本人が意思表示ができなくなる可能性があることです。したがって、病院に行く前の健常な時から備えておかないと、間に合わないリスクがあるのです。

尊厳死の宣言書の作成方法として
次の2つの方法のいずれかをおすすめします。

1.公益財団法人 日本尊厳死協会の会員となる。(日本尊厳死協会が預かってくれます。)

2.終末期医療に関する選択の公正証書を作成する。(公証役場で保管してもらう)
・終末期医療について事前指示書(尊厳死宣言)を作成する
・代理意思表示者を定めておく

five-star 公正証書5点セットで老後のリスクに備える

終末期医療に関する選択の公正証書は、高齢者に必要な公正証書の5点セットの1つです。
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