人は誰しも後悔を経験しています。
「なぜあのとき挑戦しなかったのか」
「あんなことを言わなければよかった」……etc.
今回のテーマは後悔の原因です。
原因がわかれば、予め回避することができます。
文学作品を読み解くと、後悔はいくつかの原因に分けられることに気づきます。
ヘミングウェイの短編小説『キリマンジャロの雪』は、その好例です。
死を目前にした作家ハリーの心象を通じて、無知・無能・未熟という3つの後悔の原因が浮かび上がってきます。
「だが、それを実現に移すことはついになかった。
なぜなら、何も書かず、安楽に溺れ、自ら軽蔑している奴らの一員になり下がった毎日を送るうちに、各能力は次第に鈍磨し、仕事の意欲も薄れていって、ついには一切仕事をしなくなってしまったからだ。」
「キリマンジャロの雪」アーネスト・ヘミングウェイ 高見浩訳、新調文庫
ハリーの後悔

舞台はアフリカ、キリマンジャロが見えるサファリ
主人公の作家ハリーは傷を負い、感染症によって死を待つばかりの状態にあります。
彼の意識は夢と現実の間を漂い、これまでの人生の後悔を次々に思い出していきます。彼が待つ友人コンプトンの飛行機が救援にやってきましたが、乗ったその飛行機が向かったのは雪を被ったキリマンジャロの頂でした……
些細なケガから足の壊疽を引き起こして救援を待ってベッドに横たわるハリーがした後悔とは?
1.自分の足が壊疽したことについて
✅ 最初に茂みで足をこすったときに、ヨードチンキをつけ忘れてしまったこと(不作為)
✅ 滅多にばい菌がうつらないたち(過信)だと想い、それっきり傷に注意をしなかったこと(不作為)
✅ 良い消毒液を切らしていた(不作為)もので、たいして効かない石炭酸の溶液を使った結果、毛細血管が麻痺させてしまったこと
その結果、足の壊疽が始まったこと
2.トラックが動かないことについて(ケガした自分を病院へ運ぶべき)
✅ 未熟なキユク族の運転手の代わりに、腕の良いメカニックを雇っていたら、そいつはオイルをチェックしただろうから、あのトラックのベアリングを焼き付かせることもなかったこと
3.アフリカに来たことについて
✅ 妻のヘレンと結婚しなければアフリカに来なかったこと
4.書くべきことを書かなかったこと

✅ ナンセンが死なせた、雪の中の住民のこと
✅ ガウアータールで脱走兵を助けたこと
✅ シュルンツのスキー場におけるカード博打のこと
✅ パーカーが飛行機で機銃掃射したオーストリア軍兵士のこと
後悔の原因の三分類:無知・無能・未熟
ここで、ハリーの後悔を原因から整理するための枠組みを提示しましょう。
1. 無知の後悔とは?(知らなかったための後悔)
🔹 定義:選択した当時必要な情報や知識がなかったために正しい選択ができなかった。
🔹 特徴:後から「知っていれば違った選択をしたのに」と思う。
🔹 例:制度や仕組みを知らずに不利益を被る、健康リスクを知らずに好ましくない生活習慣を放置する。
(ハリーの場合)
ハリーが死に至る直接の原因は 足の傷の感染症 でした。彼は傷口を放置し、適切な消毒(ヨードチンキなど)をせずに、結果として壊疽を起こしてしまいますが、感染症に対する適切な消毒法に無知であったことを後悔したのです。
2. 無能の後悔とは?(知っていたのにできなかった後悔)
🔹 定義:知識や情報はあったが、実行力や勇気が足りず、行動できなかった。
🔹 特徴:「分かっていたのに、なぜできなかったのか」という自責の念を伴う。
🔹 例:運動や禁煙の大切さを知っていても続けられない、挑戦すべき仕事から逃げた。
(ハリーの場合)
「書かなければならない」と理解していた題材を、先送りし続けました。裕福な妻と結婚し、安逸な生活に流されたことも大きな要因です。つまり彼は「知っていたのにやらなかった」=無能の後悔に苛まれていたのです。
3. 未熟の後悔とは?(成長後に気づく後悔)
🔹 定義:知識はあっても、その価値を理解する成熟や経験が足りず、選択できなかった。
🔹 特徴:時間が経ち、成長した後に「あのときの意味がやっと分かった」と感じる。
🔹 例:若いころ親の忠告を軽く流したが、後年になって真意に気づき悔やむ。
(ハリーの場合)
死の直前に思い出した題材の多くは、若いころには重みを理解できなかったものでした。つまり彼の悔いは、当時の自分にとっては「コントロール不能」だった部分も大きいのです。当時の能力からしてみれば、その選択は仕方がないことですが、それでも人は成長した後に悔やんでしまう。これが未熟の後悔です。
ハリーの後悔は三重奏
こうして整理すると、ハリーの後悔は単純なものではなく、三種類の後悔が重なり合っていることがわかります。
🔹無知:価値を知らなかった
🔹無能:知っていたのに行動できなかった
🔹未熟:成長した今になって気づいた
だからこそ、彼の後悔はこれほどまでに強烈で、救済の余地がなかったのです。
ハリーの後悔が救いがなかったのは、すでに挽回することができない死に際の後悔だったからです。
まだ、私たちには時間がありそうです。
後悔を上手に活用する方法があります。
後悔はバネになる
ここで一つ大事な視点があります。
後悔はすべて今後の選択の糧になるということです。
特に、「未熟の後悔」は当時の能力、知識からすれば、その選択は仕方がない後悔なのですが、将来に対して心理的には強い推進力になることがあります。
🔸 若いころに挑戦できなかった → 今だからこそ挑戦する
🔸 親に素直になれなかった → 今から親孝行する。子や孫に思いを伝える
🔸 才能を活かせなかった → 今から別の形で表現する
つまり未熟の後悔は、未来へのリベンジの動機に変わり得るのです。
ハリーはそれを果たせずに死を迎えましたが、私たちはまだ生きている。
彼の後悔を知ることで、自分の後悔を「行動へのバネ」に変えられるかもしれません。
では、自分の後悔をどのようにすれば、行動のバネに変えることができるのでしょうか?
忘れていた後悔を想い出す
あなたの人生の中で、
✅ 知らなかったから後悔していること(無知)
✅ 分かっていたのにできなかったこと(無能)
✅ 成長してからやっと分かったこと(未熟)
はありませんか?
後悔を種類ごとに見分けることは、自分の人生を整理する助けになります。
「防ぐことができる後悔」と「受け入れるしかない後悔」を区別することができれば、これからの行動が変わるはずです。
問題はどうやるかです。
過去の後悔を想い出し、将来の後悔を予期する
後悔は将来の選択を改善する有効な心的な働きです。
しかし、手がかりがあった方が過去についても将来についても後悔を機能させやすいと思いませんか?
Happy Endingカードは、まさにこの「後悔の可視化」を目的としています。

(後悔を活かすHappy Ending カードの機能)
🎯 無知の後悔を減らす:知らなかったリスクに気づく。
🎯 無能の後悔を減らす:気づいたことを行動に移すきっかけになる。
🎯 未熟の後悔を和らげる:未来の自分の視点を先取りして考える。
【コラム】キリマンジャロのヒョウ

『キリマンジャロの雪』の冒頭には、謎めいた描写があります。
キリマンジャロの山頂で凍りついた一頭のヒョウです。
生きられるはずのない場所に、なぜヒョウはいたのか。
このヒョウは、さまざまに解釈されてきました。
🔸 高みを目指した存在:到達不能な理想を追った証。
🔸 無意味な挑戦:理由もなく、死を招いた執念。
🔸 不滅の証:氷に閉ざされ、永遠に残る痕跡。
ハリーが「後悔を残して死んだ人間」を体現しているとすれば、ヒョウは「理想に挑み、死を超えて証を残す生き物」。
両者の対比が、この短編の奥行きを深めています。
🔸 『キリマンジャロの雪』のハリーが感じた”死の間際の後悔”は、予め予期することによって回避することができる
🔸 ハリーはそのすべてを抱えたまま死を迎えたが、私たちはまだ生きている
🔸 後悔は今後の人生の「行動のバネ」に変えることができる
ハリーが後悔を教えてくれました。
あなたは、ヒョウのように「到達の証」を残す生き方を選びますか?
それとも、ハリーのように「やらなかった後悔」を残しますか?
映画のエンディングは小説とは少し違います。
映画「キリマンジャロの雪」









