自筆証書遺言の法務局保管制度がスタートしたのを知っていますか?
私が実際に法務局に自筆証書遺言を作成して法務局に保管をした体験から、その効果と感想をお伝えします。
読んでいただくと、遺言を書きたくなるかもしれません!
さて、あなたは、誰かの遺言を読んだことありますか?
あるいは、あなた自身がすでに遺言を書いているでしょうか?
日本における死亡者数が137万人に(2019年度)対して、公正証書遺言の年間の作成数は11万3千件(2019年度)に過ぎない。
いつ死ぬかわからないにもかかわらず、ほとんどの人は遺言を読んだことがなく、また書いた経験もない……
そんな日本人ですが、自筆証書遺言保管制度は遺言の敷居を大幅に下げて、一度は書いてみようと思わせる国のサービスです。
自筆証書遺言の弱み
従来、遺言は自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類であると説明されてきました。
その中で、自筆証書遺言は、自分ひとりで簡単に作ることができるメリットがあるものの、以下のデメリットがあったため、書いたものの、結果として所期の目的を達することができない残念な遺言が少なくありませんでした。遺言者も天国で後悔していたかもしれません……
①遺言書の内容は全部自書しなければならない。
②法律で定められた要件の不備によって、無効とされるリスクがある。
③その存在が発見されない、紛失するリスクがある。
④改ざんされる、あるいは故意に破棄されるリスクがある。
⑤遺言の執行には家庭裁判所の検認が必要。
法務局における自筆証書遺言保管制度の創設
2020年7月10日からスタートした自筆証書遺言保管制度は、以上の5つのデメリットを解消する目的で創設されました。
下の表の自筆証書遺言と自筆証書遺言法務局保管を比較して見てください。法務局の保管制度は従来の自筆証書遺言のデメリットをほぼ解消していることがわかります。
※自筆証書遺言の法務局保管の保管手数料:3,900円/件
(体験)自筆証書遺言を法務局に保管申請してみた
1.自筆証書遺言を作成する
まず、遺言書本文を自書します。「遺言書の様式の注意事項」が参考になります。
用紙のサイズはA4縦、余白のサイズも決められているので、「遺言書の様式例」を使用するとよいでしょう。
自筆の遺言証書は、文字の巧拙は置いておいて、本人の個性が偲ばれますね。ワープロで打たれた遺言とは異なる趣を醸し出しています。
財産目録はワープロで作成することができるようになりました。
また、財産目録を作らなくとも、通帳、登記簿謄本などのコピーを別紙として添付することで代替が可能です。むしろ、入力誤り等を考えると、コピーの方が安全かもしれません。
しかし、別紙の各頁にそれぞれ、必ず署名と押印が必要です。
2.保管を申請する遺言保管所を決める
どこの法務局でも保管できるわけではありません。下記のいずれかを管轄する遺言保管所を選択します。
<1>遺言者の住所地
<2>遺言者の本籍地
<3>遺言者の所有する不動産の所在地
3.申請書を作成する
申請書はダウンロードして、予め記入してから遺言保管所に行く必要があります。
☞ 申請書と記載方法
4.保管の申請の予約をする
予約が必要です。法務局手続案内予約サービス専用HPから予約を行います。
遺言保管所毎に予約可能な日時が表示されます。
私は10:30から12:00の枠で予約しました。
5.保管の申請をする
横浜地方法務局川崎支局の遺言保管所に10:30の予約より若干早く10:15に到着しましたが、担当者の方がこころよく受け付けてくれました。
大きな幟が立っており、法務局の遺言保管制度に対する意気込みが伺えます。
担当者の方と椅子に腰掛けてプラスチックのボードを挟んで対面で確認をしてもらいます。
申請書類と自筆証書遺言を提出したところ、保管申請を受け付けるか否かチェックをしますと言われました。
チェック項目は以下の形式的要件4点です。
この形式的要件に不備があると受け付けてもらえません。
内容についてのチェックはありません。
<1>遺言本文の自書
<2>署名+押印
<3>別紙への署名+押印
<4>日付
とても丁寧に遺言本文と別紙を見ていただいている感じがしました。上記の形式的要件に不備があれば、受け付けてもらえないことがわかります。その結果、形式的な要件のチェックは安心することができます。
その後、待合室でお待ちくださいと言われて、呼び出しを待つこと約1時間。
呼び出されて、受理できることを告げられた後に、一旦申請書類をもどされ、収入印紙の販売所に3,900円を購入しに行き、申請書類の該当欄に貼付します。
6.保管証を受け取る
収入印紙を貼付して再度申請書類を提出すると、引き換えに保管証を手交され、注意事項の説明を受けます。
重要なのは検索のキーとなる保管番号です。今後変更、撤回などの際にはこの保管番号を提示しなければなりません。
以上の記載方法ならびに手続は法務省のホームページに、とてもわかりやすく説明されていますので、ご覧ください。「法務局における自筆証書遺言の保管について」
(感想)自筆証書遺言の保管制度を使ってみて
1.気楽に作成できる
構えることなく、気楽に遺言を作ることができることが最大のメリットです。
公正証書は、公証人と証人2名と対面しなければなりません。公証人はもちろん、証人も見ず知らずの人です。しかも、証人にまで遺言の内容を知られてしまうのです。
そして、費用はわずか3,900円です。コストも手間もかからないために作り直しを前提で作成することができます。極論すると、毎年見直すことができるのです。
2.牽制効果
法務局保管は内容まで詳細に確認しないものの、自宅に勝手に保管するのに比べれば、作成する側に間違いがないように作成しようとさせる牽制効果があることに気づきました。
3.財産目録ができたこと
自分の財産がどこにどれだけあるか、意外と把握していないものです。
遺言を書く以上、自分の財産を正確に把握する必要がありますので、取引金融機関と口座番号、残高。生命保険、不動産の地番、保有株式。負債等々財産目録としてまとめてみました。
これで、相続人も財産の確定に時間を要することはないでしょう。
4.一度死ぬ気になった……
臨死体験みたいなものですね。遺言を書くと言うことは……死んだ後の家族や友人、仕事の関係者のことを想い巡らすことになりました。
遺言には、残された時間を大切に使う気にさせる力があります。
5.法務局(遺言保管所)の対応
担当者の方の対応は、とても慎重かつ丁寧で、きちんと見ていただいている(形式的要件に限って)という安心感がありました。
予約制で時間が一人あたり90分取ってあることもあり、いつも忙しそうな公証役場と対称的です。
自筆証書遺言か、公正証書遺言か
法務局の保管制度が始まったことによって今後、自筆証書遺言を自宅等に保管する意味はなくなりました。従来、自筆証書遺言の力を失わせる様々なリスクを冒してまで、自宅や貸金庫に保管せざるを得なかったのは、他に保管する場所がなかったからです。
今後の遺言の法的な選択肢は、自筆証書遺言(法務局保管)にするか、公正証書遺言にするかの二者択一になったと考えて良いでしょう。
ではどちらを選択すればよいのでしょう。
自筆証書遺言の法務局保管制度は、形式的要件のチェックはされますが、内容的要件までは見てくれません。
公正証書遺言は、形式的要件に加えて内容的要件のチェックまでしてくれますが、費用はそれなりに掛かります。
遺言者の顕在化ニーズと潜在化ニーズ
自筆証書遺言(法務局保管)にするか、公正証書遺言かの二者択一と書きましたが、それはあくまでも、遺言者が今気づいているニーズ(顕在化ニーズ)に対しての話です。
遺言にとってもっとも重要なのは、遺言者のニーズを実現することですが、遺言者が自分のニーズについてすべて把握しているとは限りません。
今、遺言者自身が気がついているニーズは、氷山の一角でしかないかもしれません。
水面の上に浮かんでいる氷山は、目で見えますが、氷山全体の1/10程度であると言われています。
ほとんどの部分は水面下に隠れているのです。水面上にあり、今遺言者に見えている部分を顕在化ニーズ、水面下にあってまだ遺言者が気づいていないニーズを潜在化ニーズとすれば、遺言を作成するタイミングで潜在化ニーズを顕在化させて置いた方が賢明です。
なぜなら、水面下にあるニーズに気づかないままに死んでしまう場合がありますし、後で気づいた場合には遺言の書き直しが必要となり、気づいた時には手遅れであるかもしれないからです。
遺言者のニーズを実現する段階を氷山の4象限で考えてみましょう。
第Ⅰ象限の遺言は、遺言者の顕在化ニーズを形式的に充足するレベルです。自筆証書遺言を法務局に保管すれば、顕在化しているニーズに対して形式的な要件の不備まではチェックされますが、その内容的要件まではチェックされないため、記載の内容によっては、遺言の目的を実現することができない可能性があります。
第Ⅱ象限の遺言は、遺言者の顕在化ニーズを法律の専門家である公証人が、形式的要件のみならず、内容的にも目的を実現する遺言を作成してくれます。しかし、遺言者が語らない(語ることができない)第Ⅲ象限および第Ⅳ象限まで潜在化ニーズを丁寧にくみ取って遺言の文案を作成することは難しいでしょう。
潜在化ニーズを専門家との相談で顕在化させる
従って、問題は遺言者が気づいていない潜在化ニーズの第Ⅲ象限と第Ⅳ象限の部分にあります。
遺言者が気づいていないニーズを自筆証書遺言に書くことはできませんし、公証人に口述することもできません。
遺言者自身が気づいていない潜在化ニーズを顕在化するためには、第三者的な立場にある専門家が、遺言者の価値観、生い立ち、家族を含めて付き合っている人との人間関係、財産などの情報をじっくりと聞き取って、アドバイスをする必要があります。
第Ⅲ象限と第Ⅳ象限の潜在化しているニーズを顕在化させて遺言に盛り込むためには、自分か、公証人かという形式的な二択ではなく、専門家に内容の相談と遺言案文の作成を依頼する、もうひとつの選択肢を視野に入れる必要があります。
遺言を作成する際の関係者の選択
潜在化ニーズの顕在化という視点を加えて考えると、関係者は、下の図の通り、遺言者、法務局、公証人、専門家の4者となります。
専門家とは、必ずしも士業とは限りませんが、一般的に言うならば、遺言の作成に通じた弁護士、司法書士、行政書士、税理士、FPなどです。
潜在化ニーズの把握を含めて、遺言の力の発揮を確からしくするためには、費用はかかるものの、専門家の力を借りるに越したことはありません。専門家を通じた自筆証書遺言の法務局保管と公正証書作成の選択肢加えると、ルートは4通りになります。
遺言の力の実現の確からしさを優先すれば、選択は、③公正証書遺言(専門家相談)となります。
専門家に潜在化ニーズを引き出してもらった上で、形式的要件、内容的要件を充足した遺言の案文を作成してもらい、その案文を公証人に公正証書遺言にしてもらいます。公証人が提案しにくい潜在化したニーズを専門家が引き出して案文を作成し、法的な有効性を公証人が確認するこのダブルチェック方式がもっとも確実だと言えます。
簡便性とコストを優先するのであれば、①自筆証書遺言(遺言者単独)です。遺言の内容が単純な場合、相続人の間に争いがなさそうな場合にはこちらでもよいかもしれません。
しかし、繰り返しになりますが、遺言者が気づいていない水面下に潜在化しているニーズを顕在化させて遺言に取り込むことが重要です。
関連するリスク
遺言は、死によって意思能力を失った後に、財産の管理・処分をすることができないために、予め生前に用意しておくものです。
しかしながら、意思能力を失って財産の管理・処分を行うことができなくなるのは、死後だけではありません。
生きている間にも、病気・事故や認知症などで意思決定ができなくなる場合があることは、周囲を見てよくご存知の通りです。
それに備えるのが、遺言を含めた公正証書5点セットです。遺言だけではなく意思能力の喪失への備えはセットで考えましょう。遺言以外に4つのリスクがあります。
興味のある人は公正証書5点セットのウエビナーをご覧ください。
要約すると
自筆証書遺言(法務局保管)は、遺言の入口。体験する価値あり。
1.自筆証書遺言(法務局保管)を書くことによって、残された時間が輝いてくる。
2.自分の気づいていない潜在化ニーズを盛り込んだ遺言にする必要がある。
3.確からしさを追求するのであれば、③公正証書遺言(専門家相談)を選択する。
4.遺言だけでなく、生前の意思能力の喪失リスクにも備えておく。
5.意思能力を失うタイミングは予知できないので、備えたいのであれば、今着手した方がよい。