行動心理学

”サイレン(警報)”の語源であるセイレーン 現代のオデッセウスを脅かす認知症のリスク 

救急車・パトカーなどの緊急車両の通過を知らせるサイレン
大雨、地震津波等自然災害による避難を呼びかけるサイレン
弾道ミサイルの飛来を知らせる国民保護にかかわるサイレン等様々なサイレンが現代の私たちをリスクから守っています。

サイレン(Siren)は、なんらかの危険をいち早く知らせる警報として大きく鳴らされます。この警報をサイレンといういわれを知っていますか?

サイレン(Siren)の語源はホメロスが書いたとされる「オディセイア」に登場するSiren(セイレーン)です。

今回はセイレーンがサイレンの語源となった理由から現代のセイレーンである認知症について紐解きます。

JOHN WILLIAM WATERHOUSE – Ulises y las Sirenas (National Gallery of Victoria)

セイレーンと魔女キルケの忠告

トロイア戦争の英雄であるオデッセウスは、魔女キルケの島に2年もの間居続けていましたが、いよいよ妻ペネロペイアの待つ故郷イタケーを目指して船を乗り出そうとしていました。出発しようとする際に魔女キルケはオデッセウスに忠告しました。

この先に美女セイレーンの島を通過しなければなりませんが、そのセイレーンはその容姿の美しさに加えて、その甘い歌声で船乗りを狂わせ、暗礁に乗り上げて難破させてしまうのだと……

セイレーンの歌声と美しい容姿は人の判断能力を奪ってしまうのです。魔女キルケはオデッセウスに、決してセイレーンの島が見えなくなるまでその歌声を聞いてはならないとリスクの回避策を授けたわけです。

セイレーンへの備え

ところが、女も冒険も大好きなオデッセウスは、魔女のキルケから聞いたセイレーンのリスクを回避した上で、その美しい姿を楽しみ、かつ甘い歌声を聞いてみようと決心したのです。

そこで、オデッセウスはセイレーンの島に上陸しないことを事前に意思決定した上で、部下の漕ぎ手に自分をマストに縛り付けて動けないようにさせ、自分がなんと言おうと縄を解いてはならないと指示します。さらに部下全員の両耳を蜜蝋の耳栓でふさいでしまい、自分ひとりには聞こえるものの、部下にはセイレーンの歌声が聞こえないようにした上でセイレーンの島へ向かったのです。

そしていざ、セイレーンの島に近づくと魔女キルケの言う通り、セイレーンの甘い歌声が島にもっと近寄るようにオデッセウス一行を誘惑します。島の野原には裸の美女らが寝そべる姿も見えました。

セイレーンの歌声を聞き、美しい姿を見たオデッセウスは、居ても立ってもいられなくなり、部下に自分をマストに縛り付けている縄をほどくように指示します。しかし、蜜蝋の耳栓をして、予めオデッセウスから何があっても縄を解いてはならないと指示されていた部下たちは当初の命令を守り通し、オデッセウスをメインマストに縛り付けたままにしておきました。さらに、漕ぎ手たちはオデッセウスの縄を一層きつく縛り、一刻も早くセイレーンの島から離れようと懸命に櫂を漕いだため、無事セイレーンの島から離れることができました。(オデッセウスの冒険はこの後も続きます。)

オデッセウスの部下たちは、蜜蝋の耳栓をして備えていた結果、意思能力を失うことなく、セイレンの島から無事離れることに成功しました。オデッセウスはセイレーンのおかげで意思能力を失っていたために誤った判断をしましたが、彼が意思能力を失っても、部下が代わりに彼の当初の意思決定を実行してくれたのです。

オデッセウスの選択

魔女キルケの忠告によって、オデッセウスは、セイレーンの歌声を聞いてしまうと自分が意思能力を失うであろうことを知り、かつ自分が意思能力を失った場合への備えを予め用意していました。その結果、部下の漕ぎ手がオデッセウスの事前の意思決定を遵守し、難破せずに助かったのです。

オデッセウスの備え(事前の意思決定が間違いなく実行されるための)

①魔女キルケから、航海の途上にセイレーンの島が存在し、その歌声を聞いてしまうと難破してしまうリスクを事前に入手していたこと

②キルケの忠告を信じて受け入れたこと

③セイレーンの歌声が聞こえる前、キルケの島にいる間にリスクの回避策をあらかじめ準備していたこと
 🔹 セイレーンの島には上陸せず、通過する
 🔹 部下達にはセイレーンの歌声が聞こえないように蜜蝋で耳栓をすること
 🔹 自分はセイレーンの声を聞くものの、帆桁に縛り付けさせ、自分が命令しても決してほどいてはならないと命令したこと

④ 部下がオデッセウスの命令を守ったこと

 

現代の意思能力喪失のサイレン

私たちは人生100年時代という海を航海しています。超高齢社会の海を航海する私たちの判断能力を失わせるセイレーンは何でしょうか?

セイレーンのメタファーはいくらでも上げることができますが、もっとも恐ろしいセイレーンは認知症ではないでしょうか?
死ぬよりも認知症になって生き続ける方が怖いという人は少なくありません。

高齢者白書によると2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人は認知症になると推定されています。認知症の原因は医学的にもまだ解明されておらず、治療法も確立されていないため、認知症になるということは、オデッセウスの航海における難破に相当すると言っても過言ではないでしょう。

魔女キルケの忠告は、いつまでも今まで通り何ごとに対しても、自分で意思決定ができるとは限らないという警告だったのです。

現代にもキルケは驚くほどたくさんいて警報を鳴らしています。
あなたの耳にも届いているでしょうか?キルケの警報が……

なぜ、わかりきった認知症に備えないのか?

それほど恐れられている認知症であるにもかかわらず、積極的に備えている人はさほど多くは見えない理由は何なのでしょうか?

それは、認知症のリスクをよく知らないからです。
プロとアマの違いはちゃんと知っているか、なんとなく知っているかの差であると言われています。ちゃんと知っていれば備えたくなるはずです。
誰もが人生のプロのはずですから……

<認知症になったら……>

こんな状態になった自分と家族のことを想像してみてください。

・記憶障害:最近の出来事や人の名前を忘れることで、日常生活に支障が出る。

・判断力の低下:適切な判断ができなくなり、買い物や金銭管理が困難になる。

・コミュニケーションが困難となる:言葉が出てこない、話の内容が理解できないなどで、家族や友人とのコミュニケーションが難しくなる。

・迷子になる:自分の家の場所や日常的に行く場所がわからなくなり、迷子になるリスクが高まる。

・日常生活動作ができなくなる:食事、入浴、着替えなど、基本的な日常生活動作が自分でできなくなる。

・感情のコントロールができなくなる:感情の起伏が激しくなり、イライラや不安、抑うつが増える。

・社会的に孤立する:友人や家族との関係が希薄になり、孤独を感じることが多くなる。

・趣味や興味を失う:以前楽しんでいた趣味や活動に興味が持てなくなり、生活の質が低下する。

・自己認識の喪失:自分が誰であるか、自分の過去や家族についての認識が曖昧になり、自分自身を見失う。

・介護に依存する:認知症が進行すると、常に介護者の助けを必要とするようになり、自立した生活ができなくなる。

以上の状況をちゃんと認識していないと、キルケのアドバイスに従おうとは思わないのです。認知症に無知な状況にありませんでしたか?

現代のオデッセウスの選択

現代のキルケのアドバイスは以下の2点です
1️⃣ 認知症になりにくい生活習慣を身に付けること
2️⃣ 認知症になった場合の備えをしておくこと

1️⃣については、後掲のblog「認知症になりたくない人に ナンスタディの知見」をご覧ください。

2️⃣の認知症になってしまった際に対する備えについて話を進めましょう。

まずは上記のようなリスクを自分事として受け止めることです。「オレは認知症にはならないよ!」などと根拠のない強がりはリスクを許容したのと同じです。まずは、セイレーンがいるよというキルケのアドバイスを信じることが必要です。

認知症のリスクを受け止めた人の
現代のセイレーン(認知症)に対する備え

①自分が意思能力を失った時のために事前に何を誰にサポートしてもらうかを決めておく
②サポートに必要な費用と報酬を準備する

③意思能力を失う前に、サポートに必要な任意後見契約等の公正証書を作成する。
④自分が意思能力を失っていないか、サポーターに見守りをしてもらう

死んでしまえば、本人が契約する必要も財産を処分する必要もなくなります。むしろ、問題は死後ではなく、意思能力を失って生き続けている間にあるのです。認知症とは限りませんが、平均寿命と健康寿命の差は約10年です。意思能力を失って長く生きるリスクです。

サポーターと締結する必要のある公正証書と宣言は以下の公正証書5点セットです。
運用する財産がある場合には信託も選択肢となります。

任意後見等公正証書5点セットについてより、詳しく知りたい人は、オンデマンドウェビナー「リスクポリシーとしての公正証書5点セット」を受講してみてください。(¥2,200)

サイレンの語源は「オディセイア」のセイレーンでした。

現代もセイレーンが飛び回っています。
超高齢社会に大きく鳴り響いている認知症のサイレンを聞き逃してしまわないようにしてください。備えは事前にしかできません。