本稿は「シリーズ 予期的後悔」の第3章です。
第1章、第2章を読んでいない人は先にそちらを先に読まれることをおすすめします。
1.反実思考(仮想)とは
私たちは日常の中で、ふとこんな思いを抱くことがあります。
「もし、あのとき別の選択をしていたら……」
「もし、あの言葉を言わなければ……」
「もし、あのとき地震保険に入っていたら……」
このように、実際には起きなかった出来事について、別の可能性を思い描く思考を心理学では反実思考(仮想)〈counterfactual thinking〉と呼びます。
現実とは異なるもうひとつの過去を心の中で再構築するーそれが反実思考(仮想)です。
心理学者ニーズ・ローズ(Neal Roese)は、この思考の本質を「後悔を生むためではなく、未来を修正するための機能」だと説明しました。
ここで重要なのは、反実思考(仮想)と後悔は同じではないという点です。反実思考(仮想)は「もし~していれば……」という仮想の再構成=思考のプロセスであり、後悔はその思考の結果として生まれる感情的な反応です。
この区別を理解すると、後悔は「過去に縛られる感情」ではなく、「未来をよりよく変えるための感情」であることが見えてきます。
実際、反実思考(仮想)は原因の理解 → 感情の浮揚 → 行動修正という流れを生み出します。
私たちは過去を変えることはできませんが、過去を仮想的に思い直すことで、未来の判断や行動を変えることができます。
「起きなかった現実を想像し、起こりうる未来を修正する」
反実思考(仮想)は人間だけが持つ学習エンジンです。この能力こそ、人間が進化の過程で獲得した最も創造的な力です。
反実思考(仮想)は、後悔を糧にして前進するための認知的かつ感情的な装置なのです。
2.4つの反実仮想
私たちが「もし~していたら」「もし~しなかったら」と想像するとき、その思考は過去か未来か、そして行動したか・しなかったかの違いで性質が異なります。
この2軸(過去/未来 × 作為/不作為)で整理すると、反実仮想の構造が明確になります。

このマトリクスは、人間の心がどのように別の現実を思い描くかを示しています。
左の「過去領域」では、すでに起きた出来事を振り返り、「もし、~していなければ」「もし、~していたら」と後悔や反省を伴う仮想を行います。これは主にシステム1(直感型思考)が働く領域です。
一方、右の「将来領域」では、まだ起きていない未来を仮想の過去として想像し、「もし今~をしたら(またはしなかったら)、将来どうなっているだろうか」と考えます。これはシステム2(論理的思考)が担う領域です。
「作為」と「不作為」という縦軸は、人間の後悔のパターンを分ける重要な指標です。たとえば、過去における作為の後悔(やってしまった後悔)は一時的ですが、不作為の後悔(やらなかった後悔)は長く心に残る傾向があります。
同様に、未来における不作為の仮想は、「今、行動しなければ後悔するかもしれない」という予期的後悔を呼び起こします。
このように、反実仮想を4つの領域に整理することで、過去と未来、感情と理性、行動と非行動の心理構造を俯瞰的に理解することができます。
次は、このうち左側の「過去に対する反実仮想」を取り上げ、後悔や学習のメカニズムを見ていきます。
3.過去に対する反実思考(仮想) ― “あの時こうしていればという思考の起点”
結果が出たその瞬間、私たちの脳は無意識のうちに別の可能性を想像しています。
「もしあの時、別の選択をしていたら」という仮想のシナリオが、反射的に立ち上がります。これは意識的な思考ではなく、システム1(直観型思考)による自動的な反応です。
たとえば、
「もしあのとき、保険に入っていれば……」
「もしあのとき。進学先を変えていたら……」
「もしあのとき、告白していたら……」
「もしあのとき、あの人の忠告を聞いていれば」
といった思考はすべて、過去に対する反実思考(仮想)にあたります。
それは結果が「自分の中の普通」から逸脱したからです。
つまり、反実思考(仮想)は“失敗のショック”ではなく、無意識の基準点とのズレを検知したシステム1(直観型思考)の自動反応なのです。
この意味で、反実思考は「後悔の源」であると同時に、「学習の装置」でもあります。
【ケース:ハワイ旅行のためのダイエット その1】
夏休みにハワイ旅行へ行くことになったAさん(40代女性)は、久しぶりに新しい水着を買おうとスポーツ用品店を訪れました。明るいイエローのビキニを手に取り、試着室の鏡の前に立った瞬間、思わず息をのんだのです……鏡に映る自分の姿に……
理想として思い描いていた“細いウエストの自分”と現実との違いがはっきりと映し出されていたからです。
その瞬間、Aさんの心に浮かんだのは過去のある記憶でした。
「そういえば、ちょうど1年前。ダイエットするためにジムに通おうと決意したのに、結局一度も行かなかった。」
その思い出が脳裏をよぎると同時に、「もし、あの時ちゃんと始めていれば、今ごろは…」という“もしも”の想像が生まれました。典型的な過去に対する反実思考(仮想)です。
このとき、Aさんの心ではシステム1(直感型思考)が理想(A子さんの基準点)との乖離を感じ取り、軽い後悔の痛みを発していたのです。
その後悔がシステム2(論理的思考)を刺激し、彼女は冷静に後悔の原因を分析し始めます。「去年は忙しさを理由にしていたけれど、少しずつ運動していれば、こんなウエストにはなっていなかったはず。」
後悔の感情は、単なる落ち込みではなく、将来への選択に変わっていきます。
「でも、まだ間に合うかもしれない。」
Aさんは鏡の前で小さく息を吸い込み、心の中でつぶやいたのです。
「ハワイまであと3か月。今からでも、少しずつ始めてみよう。」
この瞬間、過去に対する反実思考(仮想)が未来への行動を生み出したのです。
後悔の痛みを通じて、彼女は「やり直せない過去」から「まだ変えられる未来」へと意識を転換したのです。それは、後悔を終点ではなく“起点”として使いこなす、人間らしい心の働きででした。
4.基準点から生じる後悔 ー 「基準点」との乖離から生じる後悔がトリガーになる
基準点
すべての出来事に反実思考が生じるわけではありません。
では、なぜ私たちは特定の出来事に対してだけ「もしも」と考えるのでしょうか。
その背後には、無意識のうちに設定された基準点(reference point)とのズレがあります。私たちは日々の生活の中で、「これくらいが普通」「この結果が妥当だ」という“当たり前の基準”を無意識に持っています。

この基準点(reference point)は、過去の経験や社会的期待、習慣などから形成されます。そして出来事がこの基準点を下回ったとき(期待より悪かったとき)、脳は想定との不一致」を感知し、システム1(直観型思考)が即座に反応します。
それが、過去に対する反実思考(仮想)の発火トリガーです。
つまり、反実思考(仮想)は失敗のショックではなく、無意識の基準点とのズレを感じた場合に起動するシステム1(直観型思考)の自動反応なのです。
2つの反実仮想における基準点
思考段階 | 対象 | 基準点のタイプ | 反応 |
| 過去に対する反実仮想 | 起きた出来事 | 実際の結果 vs 想定(期待) | 「後悔」や「反省」 |
| 将来に対する反実仮想 | これから起こる出来事 | 現状 vs 理想的未来像(望ましい状態) | 「不安」や「期待」 |
【ケース:ハワイ旅行のための減量 その2】
A子さんはこの夏にハワイ旅行に行く予定を立てました。楽しみにしている海辺での時間を思い描きながら、久しぶりに水着を新調しようとスポーツ用品店でイエローのビキニを試着しました。
ところが、鏡に映った自分の姿を見た瞬間……お腹のあたりに思わず目が止まります。
「あれ、こんなお腹だった……?」
このとき、彼女の脳内では基準点(自分が理想とする自分のスタイル)と現実の自分との間にギャップが生じます。
基準点と現実との乖離をシステム1(直感型思考)が感知し、
「もしもう少し早くダイエットを始めていたら…」という後悔(過去に対する反実思考)と同時に、
「このままではハワイでのビーチを楽しめないかもしれない」という将来に対する反実思考が生まれます。
このように基準点は反実思考(仮想)のベースとなるのです。
後悔
そして、出来事がその基準点を下回ったとき、私たちは「なぜこうなったのか」と感じ、心がざわめき始めます。このざわめきこそが、後悔(regret)の始まりです。
後悔は、単なる感情的な痛みではありません。
それは、出来事と基準点の乖離を検知したシステム1(直感型思考)が発する警報のようなものです。「想定より悪かった」「期待を裏切られた」という感情反応が、脳内でもう一つの現実つまり反実思考(仮想)を起動させます。
このとき、私たちは無意識のうちに「もしあの時、別の選択をしていれば」というシナリオを思い描き、結果の原因や回避策を探索し始めます。実際に反実思考が働くのは、結果を認知したその瞬間です。
「失敗した」「うまくいかなかった」と感じた刹那、システム1は自動的に感情を生じさせ、その感情刺激を受けたシステム2(論理的思考)が、「では、どんな行動を取ればよかったのか」と分析を始めます。
つまり、後悔はシステム1(直感的思考)が感じ、反実思考はシステム2(論理的思考)が展開するという協働プロセスが生じるのです。
このように、出来事 → 基準点との乖離 → 後悔 → 過去に対する反実思考 → 学習(将来に対する反実思考)というプロセスの中で、後悔は“終点”ではなく、“起点”として働きます。
私たちは後悔の痛みを通して、自分の判断を再確認し、次に同じ失敗を繰り返さないように備える。
この「感情をきっかけに理性が働く」メカニズムこそが、後に登場する予期的後悔リテラシー未来の後悔を“先に感じて”行動する能力の原型なのです。
5.上向きと下向きの反実思考 ― 「もしも」は2つの方向に動く
心理学者ニーズ・ローズ(Neal Roese)は、反実思考(仮想)には、上向き(upward)と下向き(downward)の2種類があるとしました。
上向きの反実思考(仮想)
上向きの反実思考(仮想)とは、「もしあのとき、もっと良い選択をしていれば」という思考です。
たとえば、「もっと早く検査を受けていれば」「地震保険に入っていれば」というように、より良い結果を想像し、「今度こそ失敗しないようにしよう」という動機づけを生み出します。
下向きの反実思考(仮想)
一方、下向き反実思考(仮想)は、「あのときもっと悪い結果になっていたかもしれない」という思考です。
たとえば、「もう少し遅ければ大事故だった」「助かっただけでも幸運だ」といったように、現状への感謝や心理的安定をもたらします。
【ケース:A子さんの水着選び ― 上向きと下向きの「もしも」】
この夏、A子さんは友人たちとハワイ旅行に行くことになりました。
せっかくの海辺のバカンス、思い切って黄色のビキニに挑戦してみよう――そう思い立ち、スポーツ用品店の試着室へと向かいます。
ところが、鏡の前に立った瞬間、思わず息をのむA子さん。
お腹のあたりに、かつてはなかった“余裕”がくっきりと現れていました。
「もし、あのときジムに通い続けていたら……」
その瞬間、彼女の脳裏には引き締まった理想の自分がよみがえります。
これが「上向き反実仮想(upward counterfactual)」
より良い状態を思い描くタイプの「もしも」です。
A子さんは悔しさとともに、「今からでも間に合うかもしれない」と決意を新たにします。目の前の鏡には、うっすらと未来の自分――ハワイの海辺で自信に満ちてビキニを着こなす姿が重なって見えました。
一方、同じ日。
別のスポーツ用品店の売り場で、彼女はワンピース型のフリル付き水着を試着します。

鏡に映る自分の姿を見て、ふっと微笑みます。
「これでもいいかも……」
これが「下向き反実仮想(downward counterfactual)」
もっと悪い結果にならなくてよかったと感じるタイプの「もしも」です。
反実思考(仮想)の力
交通事故を起こした人が「もっと慎重に運転していれば」と考えるのは上向き反実思考であり、「命が助かっただけでも幸運だった」と考えるのは下向き反実思考です。
上向きの反実思考(仮想)は向上への原動力を与え、下向きの反実思考(仮想)は自己受容と安心をもたらします。どちらも人生を前に進めるための、心の自然なバランス調整なのです。
しかし、過去ではなく将来に目を向けるとするならば、上向きの反実思考(仮想)は行動変容の原動力になるという点です。「次は同じ失敗をしないようにしよう」と学びを得ることができるのは、私たちが過去を再構成し、その中に“別の選択肢”を見いだせるからです。言い換えれば、過去に対する反実思考(仮想)は、後悔を未来への学習装置に変える思考法なのです。
どちらも人間にとって必要な心理的プロセスですが、上向きの反実思考(仮想)は痛みを伴う一方で、成長の原動力となる点に注目すべきです。
後悔とは、単なる過去への執着ではなく、「未来にもう一度やり直すための思考のリハーサル」なのです。
6.どのようなときに反実思考(仮想)が起動するのか?
しかし、誰もがいつも同じように「もしも」と考えるわけではありません。
この自動反応には、発火閾値(trigger threshold)と個人差があります。
発火閾値が低い人は、わずかな基準点とのズレに対しても反実思考(仮想)を起こします。「もっとできたのでは」「別の選択もあったはず」と、細かい結果の違いにも敏感に反応するタイプです。
一方、発火閾値が高い人は多少の失敗や不運があっても、「まあ仕方ない」と受け流し、反実思考(仮想)を起こしにくい傾向があります。
この違いには、気質や価値観、経験、ストレス耐性などが影響しています。また、その時の時間的、心理的な余裕にも左右されます。
たとえば、仕事の締切や家族の問題で心に余裕がないときは、システム1が“安全優先モード”に入り、反実思考(仮想)を抑制します。逆に、落ち着いた環境で振り返る余裕があるときには、「なぜそうなったのか」「次はどうするか」といった思考が自然に湧き上がります。
一方で、この思考が過剰に働くと、「もしも思考」に囚われ、現実の行動を止めてしまうことがあります。「もう一度やり直せたら」という思いが強すぎると、心のエネルギーは未来ではなく、過去に吸い取られてしまうのです。したがって、過去に対する反実思考(仮想)はバランスが大切です。
後悔で自分を責めるのではなく、次の行動にどう活かすかを考える。この転換ができたとき、私たちは初めて“過去を未来に変える”ことができます。
そしてこの能力こそ、「もし今〜しなかったら、……になってしまうだろう」という次に述べる将来に対する反実思考(仮想)へと発展していくのです。
7.将来に対する反実思考(仮想) ― 「もし〜しなかったら……」
人間には、まだ起きていない出来事を、あたかもすでに起こったかのように想像する力があります。

これが、将来に対する反実思考(仮想)です。
人間には、まだ起きていない出来事を、あたかもすでに起こったかのように想像する力があります。
これが、将来に対する反実思考(仮想)です。
私たちは将来を単に予測するのではなく、「将来、こうなっていたかもしれない」という“仮想の過去”として思い描くことができます。
この思考の構造は、将来を「すでに結果が出た状態」としてシミュレーションし、その結果を将来の自分が過去を振り返るように感じ取るという、時間的に逆向きの想像です。このような将来を仮想の過去として扱う働きはシステム2(論理的思考)が担います。システム2(論理的思考)は、将来の出来事を論理的に構築し、その結果をシステム1(直感型思考)に伝達します。
システム1(直感型思考)がその仮想結果を“すでに起きたこと”として感情的に受け取ると、「後悔しそうだ」「放置できない」という内的反応が生まれます。
この瞬間に、人は行動を再検討し始めるのです。
【ケース:A子さんの水着選び ― 将来の「もしも」】
A子さんは、来年の夏にハワイ旅行へ行くことを楽しみにしています。
ハワイでは、以前から憧れていたイエローのビキニを自信をもって着こなしたいと、そんな思いを胸に、旅の計画を立てていました。
けれども最近、鏡の前に立つたびに気づいていました。

「お腹の周りが……」
その夜、入浴後にバスルームの鏡を見た瞬間、彼女の頭の中に“もう一つの未来”がよぎります。
そこには、ハワイの砂浜でワンピース型の水着を着ている自分の姿。
少しだけ残念そうな表情で、「もしあのときダイエットを始めていれば…」とつぶやいている未来の自分が見えました。
A子さんはその夜、「このままでは、未来の自分が後悔する」と感じ、翌日、近くのジムに入会を申し込みました。
実際にはまだ何も起きていないのに、A子さんは“将来の後悔”を先取りして感じていたのです。この将来に対する反実思考(仮想)は、まだ起きていない出来事を“仮想の過去”として想像することで、今の選択を変える力をもたらします。
つまり、彼女が行ったのは将来の後悔を予防するための反実思考です。将来に対する反実仮想は、過去のやり直しではなく、未来の試運転です。
創造的検証装置(creative verification)
人は、まだ起きていない未来を想像することができます。この創造的想像力(creative imagination)があるからこそ、私たちは「こうなりたい」「こうはなりたくない」という未来像を描くことができます。
そして、その想像した未来を“仮想的に試す”思考こそが、創造的検証装置(creative verification)です。これは、未来を生きる前にその結果を頭の中で検証し、行動を変えるための人間だけが持つ心的シミュレーターなのです。
将来に対する反実仮想とは、この装置を用いた「未来の試運転」だと言えるでしょう。
8. 2つの反実思考(仮想)の違いと役割の整理
下の表の通り、過去に対する反実思考(仮想)は「感情による学習」であり、将来に対する反実思考(仮想)は「理性による設計」です。
両者は同じ「もしも」を扱いながら、起動のタイミングも目的もまったく異なります。
| 観点 | 過去に対する反実思考(仮想) | 将来に対する反実思考(仮想) |
| 起動契機 | 結果を見た瞬間(自動) | 選択前の熟考(意図的) |
| 主体 | システム1(直感型思考) | システム2(論理的思考) |
| 感情 | 痛み・後悔 | 期待・不安 |
| 方向性 | 修正(過去を振り返る) | 設計(将来を描く) |
| リスク | 後悔回避による思考停止 | 理性的シミュレーションによる行動促進 |
| 学び | 経験から得る | 想像から得る |
9.将来に対する反実思考(仮想)のトリガー
将来に対する反実思考は、過去に対する反実仮想のように後悔する出来事が生じているわけではありません。したがってトリガーが外から与えられるわけではありません。
まだ結果が出ていない将来に対して反実思考(仮想)をするためには、自分自身が「望ましい将来=基準点」を設定しておく必要があります。
過去に対する反実思考が「結果と無意識の基準点の乖離」によって自動的に発火するのに対し、将来に対する反実思考は、自らが基準点を持つことで初めて起動可能になるのです。
言い換えれば……将来の基準点を持たなければ、未来に比較する軸を持たず、反実仮想することができないと言えます。その将来の基準点も様々です。
さらに、将来の反実思考は、不作為(行動しなかった場合)を中心に起こります。
人は「やった失敗するより、やらなかった後悔」のほうを強く、長く覚えていることがツァルガルニック効果として知られています。
したがって、「もし今、~をしなかったら……」という想像こそが、将来のために最も現実的で行動を促す反実仮想になります。この反実思考(仮想)が、リスク回避や備えといった行動を促す心理的原動力になります。
10.過去型と将来型が連続する反実思考モデル ― 「後悔を生む心」と「後悔を防ぐ理性」
反実思考(仮想)の理想的な発展経路 ― 「痛みを学びに変える」プロセス
私たちは失敗や後悔を経験したとき、その痛みを糧に「次はこうしよう」と思えることがあります。このプロセスこそが、反実思考(仮想)の理想的な発展型です。過去に起こった出来事に対して、まずシステム1(直感型思考)が「痛み」や「後悔」を感じ取ります。
その感情的反応を受けて、システム2(論理的思考)が起動し、「なぜそうなったのか」「他の選択肢はなかったか」と原因を分析します。そして、その分析の中で「次はこうありたい」「今度はこうしよう」という将来の基準点が形成されます。
「過去型の反実思考(痛みの再構成)」が「将来型の反実思考(行動の再設計)」へと発展していく流れが今後の人生をよりよくするための理想的なプロセスです。
このプロセスが機能している人は、過去の失敗を次の成功への糧にできる。まさに「痛みを学びに変える人」と言えます。
しかし、残念ながら必ずしも現実はそのプロセス通りにはなりません。
過去に対する反実思考 (仮想)―に対するシステム1(直感型思考)の後悔回避
しかし、実際にはこの理想的なプロセスが回ることは多くはありません。
ここが問題なのですが、多くの場合、このプロセスは過去の失敗に向き合う前に、考えたくない」というシステム1の防衛反応(後悔回避)によって止められてしまいます。
失敗の痛みを感じた瞬間、システム1(直感的思考)は次のような判断を下します。
「これ以上考えるとつらい。だから忘れよう。」
こうなると、システム2(論理的思考)に情報が送られず、分析も再設計も行われません。つまり、反実思考のループが遮断されてしまうのです。この遮断型の反応は、本人にとっては「心理的安定」を守るための自然な防衛反応ですが、その結果、同じ失敗を繰り返しかねないことになります。
反省が学習にならず、後悔が再発するという悪循環が生じます。この状態は、まさに第1章で述べた「ダチョウスタイル(見ない安心)」です。
感情的には安定しているようで、実はリスクを先送りしているだけ。
この「後悔回避」が働くと、反省や学習が起きず、反実思考は感情の中で閉じたままになります。
せっかくの人間にしかない反実思考(仮想)の力を活かすことができない構造的な問題がここにあります。
11.将来のあるべき姿をどのように定義するか?
後悔を起点とする過去に対する反実思考(仮想)と将来に対する反実思考(仮想)の持つ力を理解することができました。
無意識に動いているこの反実仮想を、何気なくではなく、意識的に使いこなす能力が100年の人生をかけがえのない経験と物語にすることができるか否かを左右します。
そこで、残された課題は下記の2点です。
1️⃣ 決定権を握るシステム1(直感的思考)の共感の獲得
選択の決定権はシステム1が握っており、システム2にはありません。
システム1は将来について想像する能力も関心も持っていません。システム2が将来を想像してリスクの回避策を見つけたとしても、システム2には選択権がないために、システム1の共感と同意を得る必要があります。
2️⃣ 将来に対する反実思考(仮想)の起点となる将来のあるべき姿(基準値)の設定
先ほど述べたように、過去に対する反実仮想がシステム1の後悔回避よってかならずしも将来に対する反実仮想に連動するとは限らず、かつ、経験したことがないことに対しては過去に対する反実仮想が発火することはありえないからです。
第4章予告
第4章では、残された課題のひとつである「決定権を握るシステム1(直感的思考)の共感の獲得」の解決策として、心理的スキルとしての予期的後悔についてを詳しく解説します。
感情と理性がどのように協働し、未来の選択を変えるのか――
その実践的な活用方法に迫ります。
第4章へ続く ☞ 第4章 予期的後悔 ― 将来の自分との会話









