行動心理学

第8章 人は“自分で気づいた未来”しか考えようとしない理由

自分と家族にとって大事なことについて、

✅ わかってはいるのだけれども、人から言われるのは嫌だと思いませんか?
✅ セミナーで聞いたり、人から教えてもらったのだけど、やっていないことが多くありませんか?

なぜ、わかっているのにやりたくないのだろう?
そんな素朴な疑問に今回はお答えしましょう。

1.小学生時代の宿題の思い出から

”人は、自分で感じた違和感には耳を澄まし、
    他人が示した危険には耳を塞いでしまう……”

この構造は、私たちが日常で経験しているごく身近な例に表れています。

【よくある情景:人に言われたことはしたくなくなる】

・小学生は、「宿題をしてから遊びに行きなさい!」と言われるほどやりたくなくなる。

・高校生は、「部屋を片付けなさい!」と言われるほど片付ける気を失っていく。

・若い女性は、「そんなに食べると太るよ」と言われると、もっとスナック菓子を食べたくなる。

・上司から「もっと計画的に動いた方がいいよ」と言われるほど計画を立てたくなくなる。

・保険のセールスマンに「家族のために生命保険に入った方がよい」と言われるのが嫌で逃げてしまう。

どれも、他人からのしごくごもっともな“助言”なのにもかかわらず、行動を起こそうという気はまったく起きない。ところが、自分で「あ、これはマズい」と気づいた瞬間だけ、人は急に動き出します。

なぜ、こんなに明確な差が生まれるのでしょうか。

🔔 これらの例に共通していること

それは、
”外から言われたことは心に届かず、内側から立ち上がった気づきだけが人を動かす”
という事実です。

この構造は、老後や相続、介護、認知症といった未来の話題になると、さらに強烈に表れます。

2.なぜ、未来は心の安定を揺るがすのか?


私たちは普段から、自分だけの“安心の温室”に身を置いて暮らしています。

そこにいる限り、外の風は入ってこないからです。それは、何もなければ、今日の生活が続く、今のままであれば自分は“大丈夫だ”という静かな安心感です。

ところが、「未来」という話題は、その温室のガラスを破って、ときに冷たい空気を差し込む力を持っています。「今のままではなくなってしまうかもしれない……」という不安です。

老後、介護、認知症、相続、死後手続き、家族の負担、それらにまつわる後悔……
どれも、温室の中にはない光景であり、「今は見たくないもの」ばかりです。

未来が不安を呼び起こすのは単に“未知だから”ではありません。
心理学では、以下の三つの理由によって、未来は“心の安定をゆるがす刺激”になると考えられています。

<1>未来は「不可逆の選択」を含んでいるから

未来には、後戻りできない選択が潜んでいます。
介護が始まる、親を看取る、延命治療を判断する、財産をどう分けるか――
いずれも、間違えたら取り返しがつきません。

人の脳は「取り返しのつかない可能性」を強烈に避けようとするため、未来の話題が提示された瞬間、無意識に身構えてしまいます。

<2> 未来は「現在の自己像とのズレ」を突きつけるから

未来を考えるという行為は、「今の自分の延長線上」を直視することです。

🔹 今の貯金額では足りないのか
🔹 今の健康では将来は大丈夫なのか
🔹 今の家族関係のままで大丈夫なのか

未来を考えることは、「今の生活の前提を問い直す」ことであり、これは心にとって大きな負荷になります。そのため脳は自然と、「その話題から距離を取ろう」と働きます。

<3> 未来は「自分のコントロール外の出来事」を含んでいるから

未来ほど“思い通りにならない領域”はありません。介護がいつ始まるかも、どんな病気になるかも、どのように人生を終えるかも、ほとんどは自分で決められません。

人は、自分がコントロールできない話題に触れた瞬間、本能的に心を閉じてしまいます。
自己決定理論(SDT)でも示されるように、「自分で選べないこと」は人の動機づけを著しく下げ、逆に拒否反応を生みます。

3.なぜ「他人の言葉」では未来を考えられないのか?

未来というだけで心が身構える上に、それを“他人から言われる”となると、脳はさらに頑なになります。

ここが本章の核心です。

<1>所有感の欠如(Self-Ownership)

人は、自分の考えだと思ったときだけ行動する。
他人の言葉は、自分の意思とは別のものとして処理され、システム1(直感的思考)は「危険な外部介入」と判断して排除します。

➡ Deci & Ryan(自己決定理論)では、行動に所有感がないと、内発的動機づけは生まれないとされます。

<2>感情的熱量の欠如(Emotional Arousal)

助言として届く未来は、自分の内側で“経験された未来”ではないため、感情が動きません。
感情が動かないと、システム1(直感的思考)は発火しない。
発火しなければ、行動は起きないのです。

<3>自律性の侵害(Autonomy Threat)

他人からの指摘は、システム1(直感的思考)にとって「支配の兆候」です。自分の人生のコントロールを奪われそうになると、脳は自動的に拒否反応(心理的リアクタンス)を起こします。

➡ 自己決定理論は、自律性が損なわれると、学習も行動変容も起こらないと明確に述べています。

未来は心を揺らす。しかし、自分で気づけば向き合うことができる

未来の話題には不安がつきものです。だからこそ、他人の言葉では心が閉じてしまいます。しかし、自分で気づいた未来には、人は驚くほど素直に向き合えるようになります。

4.知識だけでは人は動かない ― 助言の限界と気づきの条件

多くの人が、老後・お金・健康・介護・相続等の問題について本やセミナーで知識を得ています。

しかし、知って、わかっても動かない……
講師をやっている先生も、受講者もよく知っているはずです。

これは、決して講師が下手なわけでも、本人に意欲がないわけではありません。
脳のシステム1(直感的思考)が、「これは“他人の情報”だ。現状を脅かす危険がある」と判断し、システム2(論理的思考)への転送を遮断するからです。

だから、どれほど優れた講義でも、どれだけ親切なアドバイスでも、本人の行動につながらないことが起きます。

では、人が本当に動く瞬間とは?
「自分で気づいた」と感じたときに、システム1(直感的思考)が発火するということです。

ここで重要になるのが、 気づきにも2種類あるということです。

外発的な気づき
(説得・警告・助言)
内発的な気づき
(自己発見・自己解釈)
・上から与えられる・自分で選んだ
・自律性が下がる・自律性が高い
・所有感が生まれない・所有感が生まれる
・感情が動かない・感情が動く
➡ 行動につながらない➡ 行動が始まる

 

【内発的な気づきが生まれるための3つの条件】

1️⃣ 自分で選択する余地があること(自律性)

2️⃣ 自分の状況に結びつけられること(関連性)

3️⃣ 脅威や説得の圧力を感じないこと(心理的安全性)

この条件を満たさない気づきは、システム1(直感的思考)が拒絶し、行動につながりません。実行する気になるためには内発的な気づきをする必要があります。

しかし、思考にはきっかけが必要です。
内発を促すよい「問い」が必要です。

5.“内発的気づき”を生み出す端緒

人は、未来を「言われて」考えることはできませんが、「自分で気づいた瞬間」からなら、考えることができます。

Happy Ending カードは、以上の問題点を解決するために開発されました。

「教えられる」のではなく「自分でカードをめくって、自分で解釈する」構造!

このカードには答えは書いてありません。想像して考える必要がある。
だから、内発的なのです。

その結果、

🔸 自分で未来に触れたという所有感

🔸 自分で考えたという自律性

🔸 自分ごととして想像したという感情の発火

これらが自然と揃い、内発的な気づき → 行動の第一歩が生まれます。

Happy Ending カードは“自分で気づく未来”を生み出す装置です

Happy Ending カードは、

🎯 教えない

🎯 説明しない

🎯 説得しない

ただ一枚めくるだけで、プレイヤーの内側に潜んでいた影がひっそりと形を現し、

「あ……これはまだ考えていなかった」

という小さな気づきが生まれます。
その気づきこそが、予期的後悔リテラシーを起動させる第一歩になるのです。

 

要約すると

人は未来について

🔹 今の心の安定を壊す未来を考えることを忌避する

🔹 人から言われた未来は、脳が拒絶する

🔹 しかし「自分で気づいた未来」は受け入れられやすい

🔹 行動を生むためには、「自分で気づいた未来」が、システム1(直感的思考)を通過する。

🔹 そしてその“気づき”は、脅威でも、説得でも、指導でもなく、自ら考えるという形で与えられる必要がある。